50メートルの路地に宿る街の未来──建築家・小笠原太一が実践する「ひとり地域開発」
前編:建てる前に、事業をつくる──建築家・小笠原太一が明かす「図面を引かない」設計論
長崎の急峻な斜面地に残された空き家や木造長屋を、宿泊施設や図書館へと再生し、自ら運営まで手がけている「小笠原企画」代表・小笠原太一。行政や大手資本に頼ることなく、個人でスピーディにエリアの再生を進めるその手法は「ひとり地域開発」と呼ばれ、各地から熱い注目を集めています。
今回は小笠原さんに、長崎の拠点で実践しているまちづくりの手応えや、個人が地域に介入していく可能性、そして「Life is Create」という言葉に込めた思いを伺いました。
斜面地の空き家群を再生する「長崎坂宿」の試み

長崎の斜面地で展開されているプロジェクト「長崎坂宿(ながさきさかやど)」とは、具体的にどのような取り組みなのでしょうか。その全体像について伺いました。
「長崎市内を走る路面電車の終着駅・崇福寺(そうふくじ)電停を中心に、半径約200メートルのエリアにある空き家を改修して、宿泊施設やコワーキングスペース、私設図書館、無人コンビニなどを点在させています。
なかでも半径50メートルの範囲に施設の8割が集中していて、そこを『長崎坂宿』と呼んでいます。点在するバラバラの建物を歩いて回遊できる一つの塊として捉えているんです。これは僕が中国で手がけていたショッピングモールの回遊性を、長崎の50メートル四方の路地に凝縮したようなイメージですね。
大企業や行政を入れず、僕が勝手に個人で進めているので『ひとり地域開発』と呼んでいます」
なぜそのような手法をとったのかを尋ねると、「それしか選択肢がなかったから」という率直な答えが返ってきました。
「個人でできることって本当に小さいじゃないですか。だからこそ、その小さなできることを一つずつ積み重ねていくしか選択肢がなかったというのが正直なところです」
マスタープランを描き、小さく素早く決断する強み

地域開発のための空間を設計するにあたって、小笠原さんが最も重要視しているポイントについて伺いました。
「一番大事なのは、最初に具体的なマスタープランを描くことです。外から見ると、ただ1軒の空き家を順番にリフォームしているだけに見えるかもしれません。
でも、最初に『このエリア全体が将来どうなるか』という具体的なグランドデザインを描いておく。それさえあれば、あとはそこに向かって1軒ずつコツコツと改修を重ねていくことで、数年経ったときにしっかりと街の風景として立ち現れてくるんです」
さらに、大手デベロッパーや行政主導の大規模開発とは異なる、「ひとり地域開発」ならではの強みについて語ってくださいました。
「最大のメリットは、圧倒的なスピード感と、大胆な決断が一人で下せることです。
これから日本は人口が猛烈に減少していきます。その中で新しい価値をつくるにはイノベーションが必要ですが、イノベーションは会議室やワークショップの話し合いからは生まれません。
『こういうことを試せば面白くなるんじゃないか』という個人の仮説をもとに、素早く実践してみるしかないんです。
日本のまちづくりは話が大きくなるとすぐ会議ばかりになってしまいますが、個人なら今日決めて明日から動くことができます」
「Life is Create」状況を読み解き、工夫で切り拓く

最後に、「Life is ◯◯」の◯◯に入る言葉を伺いました。
「『Life is Create』ですね。今進めている長崎のプロジェクトは3段階の計画のうちフェーズ2に入ったところなので、まずはここをさらに広げていきたいです。
そしてもう一つは、全国で同じように孤軍奮闘しているプレイヤーの事例を集めて体系化し、『ひとり地域開発論』という再現性のある方法論として発信していきたいと考えています。
人生においてもまちづくりにおいても、基本的にそこにある状況を客観的に読み解いて、工夫さえすれば何だってつくり出せる。そう信じてこの言葉を選びました」
小さな実践の積み重ねが、日常の風景を変えていく
人口減少が進む地方都市において、会議を重ねる前に自らの足で動き、空き家を一軒ずつ価値ある拠点へと変えていく小笠原太一さん。長崎の細い路地で繰り広げられる「ひとり地域開発」は、決して特別な資本を持つ人だけの特権ではなく、目の前にある条件を読み解き、工夫を凝らすことで誰にでも始められる希望の形です。状況を嘆くのではなく、自らの手で小さく生み出し続けるその軽やかな挑戦は、これからの地域と暮らしの豊かな可能性を力強く切り拓いています。