『余白の美』がテーマ。指頭奏法で余白の美を奏でるギタリスト・五十嵐紅さん
クラシックギタリストとして全国で演奏活動を続ける五十嵐紅さん。一般的なクラシックギター奏者とは異なり、爪を使わず指先で弦を奏でる『指頭奏法』により、柔らかく繊細な音色を追求しています。
また『余白の美』を音楽表現のテーマに掲げ、静寂や空間との調和を大切にした演奏でも注目を集めています。
今回は、五十嵐さんが指頭奏法を選んだ理由や音楽に込める想い、演奏空間との向き合い方、そして今後の活動についてお話を伺いました。
ギタリスト・五十嵐紅さん

東京都出身のクラシックギタリスト。東京音楽大学卒業。第27回スペインギターコンクール第2位をはじめ数々のコンクールで入賞。
爪を使わない『指頭奏法』により、柔らかく繊細な音色を追求している。
『余白の美』をテーマにした演奏会『ギターと静寂』を主宰し、全国で演奏活動を展開。2022年には『五十嵐紅トリオ』を結成し、ソロ・室内楽の両分野で活躍している。
好きな場所・空間
シンプルなもの、素材の質感が出るものが好きです。
その理由を聞かせてください。
「あまり色使いが得意でなかったからです。あとは、ゴチャゴチャしたものよりは統一感のあるもので揃えたかったのも理由のひとつです。
もともとは、無機質なものが好きだったのですが、最近は緑や色が入っているものも結構いいなと思うようになりました。」
お家とか究極にシンプルなんでしょうね。
「そうですね。あまり自分の物は多く持たないようにしています。」
人がいない静かな空間に惹かれる
「基本的に人が少ない場所が好きです。自然の中も好きですし、コンサートホールのような空間も好きですね。
特に好きなのは、お客様が入る前の静かなホールです。誰もいない空間で、その場所と自分だけが向き合っているような感覚があります。
また、コンサートツアーをやっているので、さまざまなところでホールとか会場に行くのですが、人が入る前の静かな空間はとてもいいなと思っています。 その空間と自分という1対1のような関係が好きです。 」
爪を使わない『指頭奏法』を選んだ理由

五十嵐さんは爪を使わずに指先でギターを弾いています。この奏法を選んだ理由について伺いました。
「クラシックギターでは爪を使って演奏するのが一般的ですが、自分の演奏を録音で聴いたときに、爪の音が少し強く聞こえることが気になったのです。
もっと柔らかく、ふくよかな音を出したいと思い、指先で弾く奏法を研究しました。
調べていくと、19世紀頃には指で演奏するクラシックギタリストも存在していたことが分かり、伝統的な奏法として成立することを知りました。
そこから本格的に指頭奏法へ転向し、自分らしい音色を追求しています。」
指頭奏法だからこそ生まれる音色の魅力
指頭奏法は、どのような音色や表現ができるのでしょうか?
「爪の方がアタックが強くなるので鋭角的な音になります。
指の場合はアタックが少なくなり、全体的に丸く繊細な響きになるので、それが大きな違いです。」
演奏する建築や空間は音楽表現にどう影響するのか

演奏する場所の建築や空間は五十嵐さんの音楽表現に影響しますか?
「とても影響します。特に、僕たちのフィールドになる建築は音楽ホールですが、音楽ホールは会場によって響き方が違います。
響き方が違うことでテンポや速度感、音色の作り方などを変えないといけません。そのため、ホールは演奏家にとって楽器の一部のようなものです。
また、僕は鳥取教会のボーリズ建築の中で『ふるさと』を演奏した際に、その場所が作曲家・岡野貞一が活動していた場所であることを知っていました。
そのような背景を持つ空間に立つことで、その場所に流れてきた時間や人々の営みを自然と感じます。」
『ギターと静寂』に込めた想い
五十嵐さんの公演『五十嵐紅|ギターと静寂『夏』(福岡公演)』7月12日に開催されます。どのような公演になりそうですか?
「西南大学のホールで演奏するのですが、響きがとても良いホールです。ギターソロの公演なので、マイクを通さず、ギターそのものの音を聴いていただけます。
映画音楽からクラシックまで幅広い楽曲を取り上げますが、すべてクラシックギタリストとしての自分なりの解釈で表現しています。
幅広くさまざまな楽曲をギターの音色で楽しんでいただける、ギターが好きになっていただけるようなコンサートになるといいなと思っています。」
YouTubeには、五十嵐紅さんの演奏動画が公開されています。気になる方は、ぜひこちらもチェックしてみてください。
『余白の美』を音楽のテーマにしたきっかけ
五十嵐さんは余白の美を音楽表現のテーマに掲げています。そのきっかけや影響を受けたヒト・モノ・コトについて教えてください。
「若い頃はコンクールにも多く出場しており、技術的な難しさや派手さが評価される場面が多くありました。
その中で、自分自身はシンプルで美しい音楽にずっと惹かれていました。技巧を見せることよりも、音楽そのものを自由に表現することのほうが大切だと感じるようになったのです。
また、日本人としてのアイデンティティを考えた際に『禅』や『幽玄』などの日本的な美意識にも強く影響を受けています。このような価値観が、自分の掲げる『余白の美』につながっています。」
オリジナルギター『茶位幸秀 Koh Igarashi model』に込めた想い
ギターやバイオリンの製作家、茶位幸秀さんと共同製作された、 オリジナルモデル『茶位幸秀 Koh Igarashi model』の特徴について教えてください。
「ボディが小さく、少し弦長が630と小さいのが特徴です。
このギターは、19世紀頃にあったギターの形を参考に、 内部構造は現代の構造を使って作っていただいたものです。
僕はバロック音楽や古典音楽を演奏する一方で、現代作品も演奏するので、その両方に対応できる楽器を目指しました。また、自分だけの音色を追求したいという想いもありました。
楽器そのものに独自性があることは、演奏家にとってとても大切だと思っています。」
私たちがよく知っているギターよりもボディが少し小さいようですが、小さくなったことで出る音色はどうですか。
「音が軽く鳴ります。軽いので明るい表現がしやすくなります。また、僕自身が小柄なので、小さいギターの方が弾きやすく、体に一体化するというメリットがあります。」
ソロ演奏とトリオ演奏で異なる音楽表現

五十嵐さんは、2026年10月24日『五十嵐紅トリオ|ジブリ 2026 (福岡公演)』12月18日に『ギターと静寂 特別公演『星と祈り』(下関公演)』12月19日に『五十嵐紅トリオ|クリスマス 2026 (福岡公演)』を予定しています。
トリオとソロとギターを弾き分けているところはありますか?
「トリオの場合は、バイオリンやチェロと一緒に音楽を作るので、僕自身が前に出るというよりも、二人の魅力を引き出す役割を担うことが多いです。
一方でソロは、僕自身の美学や哲学をすべて反映できます。どちらも魅力がありますが、人と演奏する音楽と、一人で演奏する音楽はまったく別の表現だと思っています。」
12月18日はどのような曲を演奏する予定ですか?
「僕自身は、クラシック奏者としてバロック音楽やバッハをよく演奏するのですが、 一方でバッハの時代は、即興演奏がとても盛んでした。 そのようなところに影響を受け、僕は日本歌曲を即興演奏で演奏します。
その中でも宮沢賢治の作品『星巡り』が好きで、僕はコンサートで必ず即興演奏で演奏しています。
クラシック奏者ならではの即興表現は、YouTubeや動画ではなかなか伝わらない部分もあります。会場だからこそ味わえる音楽を楽しんでいただけたらうれしいですね。」
詳細は、五十嵐紅さんのオフィシャルサイトをご確認ください。
また、オフィシャルサイトのショップでは、いがらしさんが描いたイラストを使用したグッズも販売されていますので、 こちらもぜひ覗いてみてください。
Life is 修行
インタビューの最後、五十嵐さんに「Life is ◯◯」空欄に当てはまる言葉を尋ねると、「Life is 修行」と答えてくれました。
「どれだけやっても到達しないことばかりです。
しかし、到達しない中で向上していかないといけないと思っています。
だからこそ、研鑽を積んで洗練していくことが大切だなと思っています。」
指頭奏法で独自の音色を追求し続ける五十嵐紅さん
五十嵐さんは、爪を使わない『指頭奏法』による柔らかく繊細な音色と『余白の美』を大切にした独自の音楽表現を追求し続けています。
演奏する空間や建築が持つ歴史にも耳を傾けながら、自身の感性を音楽へと昇華させる姿勢は、多くの人を魅了しています。
これからも唯一無二の音色で、多くの人に静寂と豊かな響きを届けてくれることでしょう。今後のさらなる活躍に期待が高まります。