「既存のものをより良くする」2021年度プリツカー賞受賞ラカトン&ヴァッサルにみるこれからの建築家の役割

「建築界のノーベル賞」とも呼ばれるプリツカー賞。2021年の同賞では、フランスの女性建築家アンヌ・ラカトンと、男性建築家ジャン・フィリップ・ヴァッサルのコンビが受賞しました。ラカトンは1955年生まれでフランス出身、ヴァッサルは54年生まれでモロッコ出身。2人は仏ボルドーで学生時代に知り合った後、87年に仏パリで事務所を構え、これまで欧州と西アフリカを中心に30以上の設計を手掛けてきました。2人は既存の建築を生かすサステナブルなデザインとアプローチを通じて、公営住宅に活気を取り戻すスタイルが特徴です。

2021年のプリツカー賞を受賞したラトカン&ヴァッサル

アンヌ・ラカトン, Via : Wilipedia.

プリツカー賞は米国のハイアットホテルチェーンを所有するプリツカー家の名前を冠した国際的な建築賞です。国籍を問わず「建築を通じて人類や環境に一貫した意義深い貢献をしてきた」存命の建築家を対象としていて、これまで日本からも丹下健三、槙文彦、安藤忠雄、磯崎新などが受賞してきました。

ジャン・フィリップ・ヴァッサル, Via : Wilipedia.

過去の受賞作を振り返ると、その街のランドマークとなるような作品が多く、目を引くモデルや斬新なグラフィックでプレゼンされることが一般的でした。一方、既存の建築をベースにその持続可能性を再検討することでプロジェクトを構想するラカトン&ヴァッサルは、地味な設計図とコスト計算のスプレッドシートを提出するのが常でした。

今回のプリツカー賞で審査委員長を務めたのは、自身も16年受賞者であるチリの建築家アレハンドロ・ガストン・アラヴェナ・モリは審査について次のようにコメントしています。

「今年は、かつてないほどに、私たちが人類全体の中の一部であることを感じた年だった。健康や政治、あるいは社会要因のために、コレクティブネス(集合性)の感覚を持つことが必要となる。あらゆる相互接続した仕組みにおいて、環境に公正であり、人間性に公正であることは、次の世代に公正であるということだ。ラカトンとヴァッサルは、建造環境への丁寧かつまっすぐなアプローチとバランスをとりながら、過激なほどの緻密さと大胆さを持っている。」

気候変動問題に関心が高く、環境重視のサステイナブルな社会をめざすヨーロッパにおいて、社会的にも生態学的にも経済的にも個人に利益をもたらし、都市の進化を目指す2人の姿勢が評価されたのです。

ラトカン&ヴァッサルの建築スタイル”トランスフォーメーション”とは

FRAC Nord-Pas de Calais, Via : Wilipedia.

2人がこれまで取り組んできたプロジェクトは建築というよりは修復、再生といったものが主です。彼らの基本は、既存建築を壊さず移動せずに、付け加えたり、形を変えるトランスフォーメーション(変換)の設計哲学にあります。

「トランスフォーメーションは、既存のものをより良くする機会です。解体は、容易で短期的な決断。エネルギーや材料、歴史が失われ、社会的にネガティブな影響を与えます。私たちにとってそれは暴力行為です」とラカトンは語ります。

“取り壊さない” 理念に基づき、建物の永続的な特性を残しながらインフラを改善していく控えめな介入は、今でこそエシカルな社会意識の高まりとともに評価され、今回の受賞に至りましたが、彼らにとっては今に始まったことではないのです。ヴァッサルは一時的にナイジェリアに移り、ラカトンはしばしば彼を訪ねました。そこで彼らは現地の極めて限られた資源で暮らす人々の姿と、相対する砂漠の美しさから、建築的に多くを学んだのだといいます。

変化する社会や環境に対する建築家の在り方

The School of Architecture, Nantes, Via : Wilipedia.

プリツカー賞は、近年では「偉大な」と形容されるようなランドマーク的建築ではなく、人々の生活スタイルに重きを置いた、社会的に意義のある建築に目を向けるようになりつつあります。

今回のラトカン&ヴァッサルの受賞も、「気候変動問題にかんがみ、経済的、環境的、社会的にバランスの取れた作品を手がけてきた」として、低予算で環境に配慮し、生活の質を向上する建築スタイルが評価されました。
人々が暮らし慣れ親しんできた場所や空間の価値を見出し、それを建築的手法で変化する環境や時代にフィットさせることで、すべての人々がより幸福になるように手助けすることがこれからの建築家の役割といえるのではないでしょうか。今日の時代の流れを象徴しているようでもある今回のプリツカー賞入賞でした。