世界が注目する建築家ビャルケ・インゲルス。遊び心が未来をつくるBIGの建築世界

コペンハーゲンの港湾部に、屋上をスキー場に変えたごみ焼却発電所がそびえています。人工芝のゲレンデを滑り降りる人々の足元では、都市の廃棄物がクリーンエネルギーへと姿を変えていく。環境施設と遊び場という、本来交わるはずのない二つの機能をひとつの建築に束ねてしまう大胆さこそ、デンマーク出身の建築家ビャルケ・インゲルスの真骨頂です。彼が率いる設計事務所BIG(Bjarke Ingels Group)は、いまや世界9都市に拠点を構え、約700人のスタッフを抱える巨大なデザイン集団へと成長しました。2026年春には日本初の完成作品も誕生し、その動向からますます目が離せなくなっています。

ビャルケ・インゲルス(Bjarke Ingels)

ビャルケ・インゲルス
Via : Wikipedia.

1974年、デンマーク・コペンハーゲン生まれ。デンマーク王立芸術アカデミー、カタルーニャ工科大学で建築を学び、OMA勤務を経て2001年にPLOTを共同設立。2005年、BIG(Bjarke Ingels Group)を設立し、創業者兼クリエイティブディレクターを務める。主な作品に「8ハウス」「コペンヒル」「VIA 57 West」「Google Bay View」「NOT A HOTEL SETOUCHI」など。2016年、TIME誌「世界で最も影響力のある100人」選出。コペンハーゲン王立芸術アカデミー名誉教授。

漫画家を夢見た少年が、世界的建築家になるまで

8 House
Via : Wikipedia.

ビャルケ・インゲルスは1974年、デンマーク・コペンハーゲン生まれ。幼い頃の夢は建築家ではなく漫画家でした。18歳で建築の道へ進み、デンマーク王立芸術アカデミーとバルセロナのカタルーニャ工科大学で学んだのち、レム・コールハース率いるオランダの設計事務所OMAで実務経験を積みます。2001年に共同で設計事務所PLOTを立ち上げ、2005年には自身の名を冠したBIGを設立しました。

Mountain Dwellings
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コペンハーゲン郊外の集合住宅「マウンテン・ドウェリングス」や、数字の8を描くように住戸が連なる「8ハウス」といった革新的な集合住宅で早くから頭角を現し、2016年にはTIME誌の「世界で最も影響力のある100人」にも選出。母校の王立芸術アカデミーで名誉教授を務めるほか、世界各地の講演の場でも自らの建築思想を語り続けています。漫画家を志した原体験は、物語を紡ぐようにプロジェクトを構想し、それをユーモアあふれるダイアグラムで伝えるBIG流のプレゼンテーションにいまも息づいています。

「Yes is More」。実用とユートピアのあいだで

"Yes Is More", Copenhagen, 2009
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インゲルスの建築思想を象徴するのが、著書のタイトルにもなった「Yes is More」という言葉です。モダニズムの巨匠ミース・ファン・デル・ローエの格言「Less is More」をもじったこのフレーズには、条件や制約を否定するのではなく、すべてを肯定的に受け入れて建築の推進力に変えてしまうという姿勢が込められています。

Amager Bakke
Via.: Wikipedia.

その思想が結晶したのが、冒頭のごみ焼却発電所「コペンヒル」です。屋上にゲレンデ、外壁にクライミングウォールを備えたこの施設は、環境インフラを市民の遊び場へと転換し、サステナビリティは我慢ではなく愉しみと共にあるべきだという「快楽主義的サステナビリティ」の考え方を世界に印象づけました。コペンハーゲンの「8ハウス」では、自転車で10階まで駆け上がれるスロープを住棟に巻きつけ、路地の賑わいを空へと立体的に持ち上げてみせました。

VIA 57 West
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マンハッタンの集合住宅「VIA 57 West」では、ヨーロッパの中庭型住宅とニューヨークの超高層ビルを掛け合わせた「コートスクレイパー」という新しい建築類型を生み出し、頂部へ向かってねじれ上がる彫刻的なフォルムでハドソン川沿いの風景を一変させています。デンマークのビルンに建つ「LEGOハウス」もまた、巨大なブロックを積み上げたような構成のなかに遊びと学びの場を織り込んだ、BIGらしさが凝縮された一作です。

Google Bay View
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近年はテクノロジーとの融合にも積極的です。トーマス・ヘザウィックと協働したGoogleの新社屋「Google Bay View」では、竜の鱗のようなソーラーパネルの屋根が建築とエネルギーの新しい関係を提示しました。さらにテキサス州での3Dプリント住宅群、釜山で構想が進む水上都市「OCEANIX」、火星居住を見据えた実験的な住空間モデルまで、その射程は地球の外側にまで及んでいます。

日本にもBIGの作品が続々と

日本との関わりも深まっています。2021年には、トヨタ自動車が静岡県裾野市で進める実証都市「Woven City」の都市デザインを担うことが発表され、大きな話題を呼びました。

そして2026年4月、広島県三原市の離島・佐木島に「NOT A HOTEL SETOUCHI」が開業。BIGにとって日本で初めて完成した建築作品となりました。約1万坪の半島に建つ3棟のヴィラは、それぞれの場所から望む景色の角度にちなんで「360」「270」「180」と名付けられ、円形を基調としたフォルムが瀬戸内の穏やかな海と多島美に溶け込んでいきます。内と外を隔てるガラスのファサードは障子の現代的な解釈であり、玄昌石の床のパターンは畳の割付から着想を得たもの。現地の土を打ち固めた曲面のラムドアース壁など、日本の伝統建築への深い敬意と、デンマークデザインの機能的なシンプルさが一つの空間のなかで響き合っています。

参考:ビャルケ・インゲルス率いるBIGによる建築「NOT A HOTEL SETOUCHI」が瀬戸内海に浮かぶ佐木島に開業!

丹下健三やヨーン・ウッツォンから影響を受けたと公言するインゲルスにとって、日本での建築は長年の憧れの実現でもありました。伝統と未来が同居するこの国の風土は、実用とユートピアを往還する彼の建築思想と、驚くほど自然に共鳴しているのかもしれません。

日本の新しい風景を描き出すビャルケ・インゲルスの建築

屋上を滑り、水上に暮らし、やがては火星へ。ビャルケ・インゲルスの建築は、常識の外側にある風景を現実の都市へと引き寄せ続けています。瀬戸内の小さな島に生まれたヴィラは、その壮大な冒険が日本で刻んだ最初の一歩。次にBIGがこの国のどこへ新しい風景を描き出すのか、期待は高まるばかりです。