「建築はそれ自体が価値を持っている」建築家・内藤廣が〈紀尾井清堂〉に込めた想いや日々のインスピレーションの源について
前編:「どんな場合でも“人”から考える」建築家・内藤廣が大切にしているデザインや自身のデザインの特徴
2020年に完成した〈紀尾井清堂〉や、日本建築学会賞作品賞を受賞した〈鳥羽市立海の博物館〉などの公共施設から住宅といった様々な空間設計、渋谷の再開発プロジェクトといった街づくりや都市計画を手掛ける建築家・内藤廣。今回は内藤さんに、紀尾井清堂のデザインに込められた想いや、インスピレーションの源について伺いました。
いちばん向いていない事務所へ叩き込まれた
大学院修了後にスペインで勤務されたのち、菊竹清訓建築設計事務所に所属されましたが、どういった経緯があったのでしょうか。
「スペインからはシルクロード周辺を半年かけて回りながら日本に帰ってきました。帰国後はしばらく何もしないでぼーっとしていようと思っていた矢先に吉阪先生から電話がかかってきまして、『お前は今何をしているんだ?』と。出てこいというので会いに行って、『君がいちばん向いていないと思う事務所はどこかね?』と聞かれたので、『菊竹さんの事務所は多分向いていないと思います。』と答えたんです。それを聞くや否や受話器を取り上げて、菊竹さんに電話をかけて、『スペインから変な奴が帰ってきたから面倒を見てやってくれ』と、いきなり叩き込まれたんです(笑)。実際に所属してみて、本当に僕には向いていないと思いましたね(笑)。菊竹さんはどちらかというと、新しい技術の中に新しい建築の萌芽があるという考えの人なんです。」
そこから得られることも多かったのですか。
「たくさんありましたね。結果としてはそこでの経験はプラスになったと思います。菊竹事務所にお世話になることがなければ、スペインからシルクロードを通って帰ってきた際に感じたことで頭の中が固まってしまったと思うのですが、そこに新しい視点を入れてもらったのは大きな経験でした。」
建築の価値を最もうまく表せる形を目指した
2020年12月に竣工した〈紀尾井清堂〉。「パンテオンのような常識に縛られないものを作ろうと試みた」と、あるインタビューでお答えでしたが、どういったイメージでデザインされたのでしょうか。
「まず、東京は再開発だらけで大きなプロジェクトがたくさん動いているので、そういったものとは全く違うものを作りたいと思いました。僕は常々、建築はそれ自体が価値を持っていると思っていて、そうした思想が一番いい形で現れるものを考えた結果、あの建築にたどり着きました。」
パンテオンというローマの神殿は、歴史を紐解いてもいまだにどういった用途で作られたのかがわからないという不思議な建築だそうですが、“文化をつくる場所“という点では同じ考え方をされていたのでしょうか。
「実際のパンテオンは、2000年近く経った現代では観光名所になっていて、現地に訪れると本当に素晴らしい空間だと感じさせられるんです。そういった体験は、絵でも音楽でもできない、建築にしかできないものです。時間が経っても不変的な力を発揮する場所というのは、人に何かを与えられると考えていたので、そういった建築を目指しました。」
手掛けたものがずっと残っていく建築家という職業は素敵な仕事ですよね。
「うまくいけばね(笑)。」
子供の頃の原体験が発想の源にある
流行を追わず、長く続く価値をもたらす建築を提案している内藤さんですが、日常の中でインスピレーションの源となるものはあるのでしょうか。
「子供の頃の原体験とか、無意識のうちに身体の中に入っているようなものですかね。特に5歳の頃に母親の膝の上で過ごした感覚が印象に残っています。守られている、受け入れられている感じ、それが一番の原体験ですね。誰にでもあると思うのですが、その感覚を建築の中にどうやったら取り込めるか、ということをずっと考えています。」
ライフイズ“ライフ”
価値のある建築、空間づくりを目指している内藤さん。そんな内藤さんにとってライフイズ◯◯の〇〇に入るものは何でしょうか?
「“ライフ”です。生きていることに感謝、生かされていることに対する感謝ということですかね。吉阪先生は『建築の設計は人生観から始まる』と言っているんですが、まさにそのような感じですね。」
建築それ自体に価値を与えたい
子供の頃の原風景をもとに、様々な空間を提案する内藤さん。人に力を与えるような、それ自体に価値を感じさせる建築を目指す内藤さんの、今後の作品にも注目です。