日本一美しいごみ処理施設!?世界的建築家・谷口吉生による「広島市環境局中工場」

「ゴミ処理場」と聞いて、思わず訪れてみたくなる人はどれほどいるでしょうか。広島市の湾岸部に建つ「広島市環境局中工場」は、その常識を鮮やかに覆す存在です。設計を手がけたのは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)新館や東京国立博物館・法隆寺宝物館などで知られる世界的建築家・谷口吉生。「美術館のような清掃工場」として国内外の建築ファンから愛され続けるこの施設は、映画『ドライブ・マイ・カー』のロケ地としても注目を集めました。今回は、都市とゴミ、そして平和への祈りが交差する稀有な公共建築をご紹介します。

「ひろしま2045」が生んだ、デザインの力を信じた公共事業

広島市環境局中工場
Via : Wikipedia.

中工場が建つのは、広島市中区南吉島。もともと同地にあった清掃工場の老朽化に伴い、建て替えられる形で2004年に竣工しました。このプロジェクトの背景にあるのが、被爆50周年にあたる1995年に広島市が始めた「ひろしま2045:平和と創造のまち」事業です。被爆100周年となる2045年に向けて、優れたデザインの社会資本を整備していくという、都市の未来を見据えた取り組みでした。

その一環として、清掃工場の設計者に選ばれたのが谷口吉生です。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、土門拳記念館、豊田市美術館など、数々の名作美術館を手がけてきた谷口が、なぜゴミ処理施設を——。その問いこそが、この建築の面白さの核心にあります。

平和の軸線を「通す」という決断

広島市環境局中工場
Via : Wikipedia.

中工場の最大の特徴は、広島という都市の記憶と深く結びついた配置計画にあります。

広島の戦後復興を象徴する平和記念公園は、建築家・丹下健三の設計によるものです。丹下は、原爆ドーム・原爆死没者慰霊碑・広島平和記念資料館を南北一直線に並べる「平和の軸線」を都市計画の骨格に据えました。資料館をピロティで持ち上げ、地上レベルで視線が原爆ドームまで通り抜けるようにした構成は、あまりにも有名です。

広島市環境局中工場
Via : Wikipedia.

中工場が建つのは、この平和記念公園から南へまっすぐ伸びる吉島通りの突き当たり。つまり、丹下が構想した都市軸の延長線上に位置しているのです。丹下研究室で学んだ谷口は、この軸線を建物で断ち切るのではなく、「通す」ことをまず考えたといいます。

その答えが、建物の中央を貫通するガラス張りの通路でした。巨大な工場のボリュームを南北に貫き、その先の海へと視線と動線を導く。原爆ドームから瀬戸内海まで、平和の軸線が途切れることなくつながる——師へのオマージュであると同時に、都市の精神性を建築で受け継ぐ、静かで力強い応答です。

焼却プラントを「展示」する空間、エコリアム

広島市環境局中工場
Via : Wikipedia.

建物を貫くその通路は「エコリアム」と名付けられています。エコロジー(Ecology)とアトリウム(Atrium)を組み合わせた造語で、幅5m・高さ4.5mのガラス張りのチューブ状空間が、2階レベルで工場を貫通しています。

エコリアムを歩くと、左右のガラス越しに稼働中の焼却プラントが目に飛び込んできます。銀色に輝く巨大な設備群が整然と並ぶ光景は、まるで現代アートのインスタレーションのよう。騒音も悪臭も一切なく、来訪者はただその機能美に見入ることになります。

広島市環境局中工場
Via : Wikipedia.

谷口は設計にあたり、国内外の類似施設を数多く視察しました。多くの施設では、見学者は小さな窓から設備を覗き込むだけ。しかし関係者エリアに立ち入ると、そこには圧倒的なスケールのプラントが広がっていた——「これこそを展示物として一般に見せるべきではないか」。美術館建築の名手ならではの発想の転換が、エコリアムを生み出しました。

広島市環境局中工場
Via : Wikipedia.

一般に清掃工場のような施設は、装飾で外装を覆い隠すアプローチが取られがちです。しかし谷口は逆に、必要なボリュームを隠さず素直に表現し、「ここに清掃工場がある」と堂々と見せる道を選びました。人が生活する限りゴミは生まれ、清掃工場は都市に不可欠な施設である。その当たり前の事実を、美しい空間体験を通して市民に伝える。デザインの力で公共への意識を変える、公共建築のひとつの理想形がここにあります。

海へと抜ける、開かれた場所

広島市環境局中工場
Via : Wikipedia.

エコリアムを通り抜けた先には、瀬戸内海を望む展望デッキが広がります。陸側を振り返れば広島の街並みが、海側には河口部ののびやかな風景が視界いっぱいに広がり、デッキは海沿いの公園へと階段でつながっています。平和の軸線の終着点が、市民の憩いの水辺空間になっているのです。

なお、エコリアムと外観は申込不要で自由に見学が可能(9:00〜16:30、無料)。ゴミクレーンや中央制御室などを巡る本格的な工場見学ツアーも、事前申込制で実施されています。

こうした建築的達成は高く評価され、2005年にBCS賞、2008年に公共建築賞を受賞。さらに2021年には、村上春樹原作・濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』の重要なシーンの舞台となり、監督自身が広島ロケの決め手として中工場の存在を挙げたことでも話題となりました。

都市の思想が宿る建築へ

清掃工場でありながら、都市の歴史と祈りを受け止め、市民に開かれた美しい場所であること。広島市環境局中工場は、建築が単なる「箱」ではなく、都市の思想そのものを体現できることを教えてくれます。平和記念公園を訪れた際には、ぜひ吉島通りを南へ。軸線の先に待つ、もうひとつの広島の名建築に足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

広島市環境局中工場

開館時間:9:00~16:30
休館日:年末年始
見学時間:9:00〜16:30(エコリアム・外観は申込不要、無料)
所在地:広島県広島市中区南吉島1-5-1