建築家・百枝優が手がけた富士山を眺める山梨・山中湖畔のサウナ「CYCL」
山梨県・山中湖の湖畔に、ひときわ目を引くサウナ施設が誕生しました。その名は「CYCL(サイクル)」。建築家・百枝優が設計を手がけたこの建物は、富士山にたなびく「笠雲」をモチーフとした独創的なフォルムで、2024年の竣工以降、建築・デザイン愛好家をはじめ多くのサウナファンの注目を集めています。単なる健康施設にとどまらず、建築体験そのものが目的となりうる場所。
富士山の「笠雲」を建築に翻訳する

CYCLが建つのは、山中湖村平野地区の湖畔。富士山を正面に望む絶景地ですが、同時に国立公園内に位置するため、環境省の認可を受ける必要がありました。自然公園法に基づく制約として「矩形の平面」「伝統的な屋根形状」「ガラス面積は壁全体の半分以下」という3つの条件が課せられました。

一般的にはこうした規制は設計の自由を縛るものと捉えられがちですが、百枝優はむしろそこに創造の契機を見出します。彼が着目したのは、この地域に古くから伝わる気象の知恵——富士山に笠雲がかかると雨が近い、という観察の文化です。山と雲の関係を建築に置き換えることで、制約の中に地域固有の物語を宿らせる試みが始まりました。

その答えが、「大地が隆起した山のような構造体で屋根を浮遊させる」という構想です。黒い重厚な基壇の上に、ガラスのバンドを挟むようにして白い屋根がふわりと浮かぶ外観は、まるで笠雲が富士山の頂に寄り添うような印象を与えます。湖畔の砂利敷きのアプローチから眺めると、その存在感は静謐でありながら、どこか超然としたものがあります。
2層構造が生み出す「集中」から「解放」への旅
CYCLの空間体験は、1階と2階という2層構造によって設計されています。これは単なる機能の積み重ねではなく、人の精神状態を意図的に変容させる仕掛けです。
瞑想のような1階サウナの集中空間

壁に囲まれた1階は、外界の情報を遮断し、感覚を内側に向かわせる空間です。サウナ室を中心に各室が配置され、壁に対して斜めに振られた多面体の「山」——構造体——が屋根の軸力を伝えながら、各室の上部に吹き抜けをつくり出しています。頂部に設けられた天窓と通気口から、自然光と空気が「山」の内部を通って各室に届く仕組みになっています。

サウナ室では光の変化を通じて太陽の動きを感じ、水風呂では年間を通じて12度に保たれた富士山系の天然地下水が体を冷やします。毎分90Lという豊富な湧水量を誇るこの水は飲用も可能で、「飲める水風呂」として体験の質を高めています。内気浴スペースでは横スリットの窓越しに木漏れ日と湖の気配を感じながら、ただ風の流れに身をゆだねる時間が生まれます。

熱と冷と外気の循環——それはサウナの基本的なリズムでもありますが、CYCLではその循環がそのまま空間設計の論理と重なっています。「CYCL(サイクル)」という施設名も、この循環への意識から来ているのでしょう。
景色と対峙する2階の解放空間

1階での内省的な体験を経て、らせん階段を上がった先に広がるのは、一転して視覚的に全方位へ開かれた無柱の展望ラウンジです。屋根の軒先はゆるやかに丸みを帯び、白い「笠雲」のシルエットを描きます。室内には構造体の多面体「山」が背もたれのように立ち、その前に広がる畳敷の「裾野」に座ると、正面に富士山、眼下に山中湖の輝きが広がります。

さらにガラスには虹彩のような干渉膜が施されており、光の角度によって微妙に色が変化します。これにより、眼前の風景はただ見えるというだけでなく、まるで絵画のフレームに収められたように演出されます。ここではフリードリンクやスイーツを楽しみながら、ととのった体と静まった心で、自然の大パノラマをゆっくりと受け取ることができます。
建築の外観——黒い基壇と白い笠雲

改めて外観を見渡すと、CYCLの造形の精緻さに気付かされます。1階の外壁は深い黒で統一され、内部の気配を完全に遮断します。その重厚な基壇の上に、透明なガラスのバンドが一周し、さらにその上に軒先の丸みが印象的な白い屋根が浮かびます。

側面に回ると、縦張りのグレーの板塀に囲まれたサウナエリアが現れます。そこには外気浴用のデッキとラウンジチェアが並び、目線の先には湖面が広がります。板塀が視線の高さで外界を遮りながら、開口部を通じて山と湖だけを切り取るような構成です。整然としたグレーのトーンで統一されたその景観は、まるで景観写真のような完成度を持っています。
国内外で高く評価された設計

CYCLの建築は、完成直後から国内外の建築・デザイン賞で高い評価を受けています。アジアを代表するデザイン賞「DFA Design for Asia Awards 2024」ではグランプリを受賞。また「iF Design Award 2025」(ドイツ)、「dezeen Awards 2024」など、権威ある国際的な賞を相次いで受賞しました。機能と美学と哲学が一体となった稀有な建築として、世界的な注目を集めています。

設計を手がけた百枝優は、独自の思想に基づいた建築を数多く発表している気鋭の建築家。CYCLは構造設計にGraph Studio、環境計画にスタジオノラ、照明計画にB&Lightingが参加するなど、各分野の専門家との緊密な協働によって実現しています。
水着で楽しむ、新しいサウナのかたち

CYCLはユニークな利用スタイルを採用しています。男女が一緒に楽しめる水着着用の施設であることが大きな特徴のひとつです(更衣室・シャワールーム・水風呂は男女別)。友人グループやカップル、家族で一緒にサウナ体験を共有できるスタイルは、プライベートサウナとも銭湯型とも異なる、第三の選択肢を提示しています。

料金は2時間30分で税込4,290円。タオルセットと展望ラウンジでのフリードリンク・スイーツが含まれます。予約優先制のため、事前に公式サイトから予約しておくのがおすすめです。
訪れるたびに発見があるサウナ建築
訪れた人の多くが口にするのは、「何度でも来たくなる」という言葉です。富士山の雲行き、山中湖に映る光、季節ごとに変わる緑と水の色——外の景色が変わるたびに、CYCLの空間体験も変化します。建築家が設計した「笠雲」の下で、自然の時間の流れを体で感じ、ととのっていく。それは、日本における新しいサウナ文化の一つの到達点といえるかもしれません。
建築ファンにもサウナ愛好家にも、ぜひ一度足を運んでみてください。
CYCL(サイクル)
料金:2時間30分 ¥4,290(税込)
公式サイト:cycl.co.jp
Instagram:@cycl_sauna
所在地:山梨県南都留郡山中湖村平野479-107