「日本全体の住宅の質を上げたい」建築家・伊礼智が語る i-works projectへの思いや日本の住宅の課題について

前編:「窓には日常を浄化する作用がある」建築家・伊礼智が大切にしているデザインや好きな空間について

住宅を中心とした建築設計を手掛けるほか、2012年に立ち上げた「i-works project」を通して建築家・工務店・メーカーの協業による豊かな住まいづくりを提案する建築家・伊礼智さん。今回はご自身の家づくりプロジェクト「i-works project」への思いや日本の住宅の課題について伺いました。

全国の工務店とつくる、質の高いプレタポルテの住まい

グッドデザイン賞を受賞された伊礼さんの家づくりプロジェクト「i-works project」では、プレタポルテな家づくりを目指しているということですが、こちらについて伺えますか。

「始めてから12年ほど経つのですが、やっぱり建築家に家づくりを依頼するのってちょっと敷居が高いんですね。なかなか一般の人が頼んでくれない。

そこで、メーカーと全国の工務店と組んで私の設計をベースにした、プレタポルテの住まいづくりを始めました。質の高い既製品ということで提案できたら、作り手側も住む側もお互いに幸せなんじゃないかと考えています。」

質の高い既製品ということですが、決められた枠組みの中で、コストは安く、クオリティは高いものをつくる、という認識で宜しいでしょうか。

「はい。建築家が考えた空間で、さらに家具もオリジナルでデザインして、お好きなものを選べるようにしています。そうすることで、本当は僕に頼みたいけれども予算が厳しくてちょっと難しい、という方々にも手が届くようなものを提供できればと考えています。」

日本全体の住宅の質の向上に寄与したい

伊礼さんの建築設計した空間が手軽に建てられるのは、こだわりの住まいを目指している方々にはとても嬉しいですよね。

「多くの方々に喜んで頂けると嬉しいです。昔から建築家って、例えば有名なコルビジェやフランクロイドライトたちも、こういう一般的な規格住宅を手掛けているんです。僕もそうですが、建築家ってどこか、量産型のものに憧れがあるんですよ。それもあって、できるだけ多くの人に自分の設計を届けられたらいいなと思っています。」

確かにイメージ的には建築家というと、唯一無二のものしか作らないようなところもありますね。

「それも大事ですが、社会的な質を上げていくというところにも少し貢献できたらなと考えています。」

デザイン性を保ちつつ性能面を向上する

伊礼さんから見て日本の住宅の課題や改善するべき点はどのようなところでしょうか。

「日本の住宅って、世界に誇れる美しいものがあると思うんですけれども、最大の欠点は先進国の中でもめちゃくちゃ寒いんですよね。性能がとにかく悪いんです。

だから、外部と内部が一体化するような、環境に溶け込むというのが昔からの日本らしい家なのですが、この性能の部分を上げていかないと日本建築はもう進化しないと考えています。なので、最近の僕は『性能と意匠・デザインの両立』というのをテーマにして色々と悪戦苦闘しているところです。」

意匠に偏りすぎると性能が落ちてしまうし、ということですよね。

「性能のことを優先して、窓が小さくなって意匠に欠けて見えたり、ただの箱みたいになったりするのも寂しいですしね。その両立を目指していくことが大事だと思います。」

若手建築家や全国の工務店とともに日本の住宅の質を上げたい

伊礼さんは住宅デザイン学校で設計を教えられていたり、工務店にアドバイザーとして参加されたりと設計業務以外にも意欲的に活動されていらっしゃいますけれども、それはどういった考えから行われているのでしょうか。

「20年近くそうした活動を行なっているのですが、日本の住宅は半分以上がハウスメーカーではなく建築を建てる地元の工務店が作っているんです。そこで、地方の工務店の設計力をアップして頂いたら日本全体の住宅の質が上がるんじゃないかと思って、デザイン学校というものに参加してもらっているんです。講座には若い建築家の方もいらっしゃるのですが、お互いに情報を交換しながら成長していければいいなと考えています。」

現場に反映できているなと実感されることはありますか。

「僕は気を衒った設計はやらないんです。そもそもできませんし、とても普通の設計だと思うんです。だけど、工務店からするとそれが受け入れやすいんだと思うんです。それもあってか、たくさんの方々に参加して頂けることがありがたいですね。」

20年近くも活動されているんですね。

「教えている、という感じではないんですよ。施工現場のことなど、逆に学ぶこともいっぱいあるので。なので、デザイン学校にはモットーがあって、『目を養い、手を練る』。それから、『喉を潤し、一緒に飲んで、よく笑い、即実践』とよく言っているんですが、そうやってお互いに切磋琢磨しながら楽しく学んでいくっていうような感じです。」

頼まれた仕事を一生懸命こなして、喜んでもらいたい

伊礼智の住宅設計作法III 心地よさの ものさし
著書『伊礼智の住宅設計作法III 心地よさの ものさし

空間の大小に関わらず、性能と意匠が両立された心地の良い住まいづくりを手掛ける伊礼さん。そんな伊礼さんにとってライフイズ〇〇の〇〇に入るものは何でしょうか?

「やっぱり“仕事”ですね。働くことが暮らすことと思っているので、色々仕事を頼まれて、一生懸命それに応えて、喜んでもらえるということがとても嬉しいことですね。」

でも、お話ぶりから伺うとワーカホリックな印象はあまり受けないのですが。

「最近は少しセーブしてますけど昭和の人間なんでめちゃくちゃ働いていたんです。とはいえ、楽しく働いていたのですが、最近は令和の時代になったので少しセーブさせてもらってます(笑)。」

切磋琢磨しながら日本全体の住宅の質を上げたい

プレタポルテな家づくり「i-works project」、そして講義活動を通して日本全体の住宅の質の向上に貢献したいと語る伊礼さん。伊礼さんの思想は次世代へと広がり、日本の住宅環境はより住み良いものになっていくことでしょう。

後編:小さな空間を丁寧に作り込むことで生まれる豊かな住まい。建築家・伊礼智が手掛けた人気の住宅作品10選