「窓には日常を浄化する作用がある」建築家・伊礼智が大切にしているデザインや好きな空間について

住宅を中心とした建築設計を手掛けるほか、2012年に立ち上げた「i-works project」を通して建築家・工務店・メーカーの協業による豊かな住まいづくりを提案する建築家・伊礼智さん。今回は伊礼さんに、大切にされているデザインやお好きな空間について伺いました。

建築家・伊礼智

1959年沖縄県生まれ。1982年琉球大学理工学部建設工学科卒業。1985年東京藝術大学美術学部建築科大学院修了。丸谷博男+エーアンドエーを経て、1996年に伊礼智設計室を開設。2005年〜2016年日本大学生産工学部建築工学科「居住デザインコース」非常勤講師。2012年〜住宅デザイン学校学長。2006年「9坪の家」、2007年「町角の家」でエコビルド賞受賞。2013年「i-works project」 でグッドデザイン賞。2016年~2022年東京藝術大学美術学部建築科非常勤講師。

独自のプロポーションを意識する

まずは日常生活の中で大切にされているデザインについて伺いました。

「日々プロポーションだったり寸法だったりの『バランス』を意識しています。それぞれの設計事務所に独特なプロポーションの感覚があると思うのですが、僕たちは低めに設定しているのが特徴です。一般的な住宅の天井高が2400mmだとしたら僕たちは2100mmだったり。それぞれに独特な寸法があって、これがその人らしい空間を作っているんだと思います。僕にとってもこれが大事な価値観で、日々大切にしています。」

これはあの方の建築だな、とかわかるのはプロポーションによるところが大きいのですね。

「プロポーションが異なると全く違う感覚になる。それくらい天井の高さやバランスがとても大事なのではないかと考えています。」

窓には日常を浄化する作用がある

建築家として、お好きな空間はどういったものなのでしょうか。

「窓際が好きです。窓際というとなんだかネガティブな印象がありますが、設計の中でも窓周りにはデザインの可能性がたくさんある場所なんじゃないかと考えています。最近の住宅は窓がどんどん小さくなっていく傾向があるなと思いながら見ているのですが、どうしても性能を重視すると、温熱のことが最優先になってしまう。でも、本来窓は景色を見たり空気を入れ替えたりと、色々なものが外からやってくる場所なんです。なにか、日常を浄化する作用があると思うんです。だから安易に省エネのために窓を無くすということは、僕の設計ではあまりやりたくないなと思っています。」

住宅とは小さな居場所の集合体

伊礼さんの著書を拝見しますと、「小さな家で豊かに暮らす」だったり、「『小さな家』70のレシピ」といった「小さな家」という言葉が多く見られますが、小さな家にこだわる理由はどういったものでしょうか。

「僕は沖縄県の出身なのですが、小さな家で生まれ育ったんです。そういった原風景の影響も大きいと思うのですが、そもそも家というのは、小さな居場所だと考えているんです。小さな居だろうが大きな居だろうが、小さな居場所の集合体だと思うんです。それが集合して大きな空間になるので、小さな居場所をうまくまとめていくということが建築の基本なのではないかと考えています。」

ご著書の中で、「小さな家こそ設計が自由」と書かれていました。一般的には大きい家の方が設計の自由度が高い気がするのですが。

「それが難しいところで、大きな住宅だとどこか間が抜けていたり、何か凡庸な感じになったりしてしまうんです。小さな家をきちんと設計できる人は、大きな家も対応できるんじゃないでしょうか。」

コンパクトな空間に手をかける

あと、なるほどなと思ったのが、「空間を小さくして質を上げる」という一説なのですが、これはどういったことでしょうか。

「物価高は僕たちの業界にも影響していて、最近建築費がすごく高騰しているんです。だから、逆に空間を小さくして質を上げたほうが居心地良く暮らせる、という考え方は今の時代だからこそ通用する価値観だと思っているんです。その分性能も良くすることで、身体にもいいですし、気持ちよく暮らせるんじゃないかと思います。」

外部と内部が緩やかに繋がる空間が大切

沖縄県中頭郡北中城村にある中村家住宅

伊礼さんは沖縄県ご出身とのことですが、沖縄の風土から受けた影響があるとすればどういった点でしょうか。

「僕が育った家は沖縄の伝統的な民家を小さくしたような住宅でした。あの伝統的な家って、僕らの子どもの頃なんか、建具がなくて雨戸しかなかったんです。だから雨戸を開けるともう外部と一緒になるんですが、その感覚がとても好きだったんです。深い軒が出ていて、その軒下のことをアマハジと呼ぶんです。外でもなく中でもないようなその空間が子どもの遊び場でもあったし、大人のコミュニケーションの場でもあって、あれがいまだに自分には染み付いているんだと思います。」

沖縄県中頭郡北中城村にある中村家住宅

なるほど。私たちが知っている縁側とはまた違う感じなんでしょうね。

「そうですね、本当になんというか、外なんですよね(笑)。沖縄の昔の家を見てみると、家には屋根と柱くらいしかない感じなんですよね。暖かいところですから、緩やかに外部と内部がつながっていくような感覚は、今も大事にしているところです。」

独自のプロポーションで、心地よい住空間を導く

自身の原風景を生かした「小さな家」を丁寧に作ることで、デザイン性にも機能性にも優れた心地の良い住まいを目指す伊礼さん。本当の心地よさを考えた空間だからこそ、多くの人に愛されるのかもしれません。

後編:「日本全体の住宅の質を上げたい」建築家・伊礼智が語る i-works projectへの思いや日本の住宅の課題について