森を街に持ってくる!ドイツ、木の現代建築の先駆け「森の家」を訪ねて
ドイツ人にとって、森は大切な存在だ。グリム童話など数々の物語の舞台になっており、こころの故郷のような存在と言えるかもしれない。しかし、現代人は森を訪れなくなった。それなら、森が街に来ればいい……というモットーで作られた「ヴェルダーハウス(森の家)」は、いまドイツで注目を集める木造建築の先駆けだ。カラマツやトウヒといった燃えやすい木材を使ったファサードで建物全体を包む斬新なつくりで、数々の建築賞を受賞している。
森から伐ってきた木を、そのまま使ったファサード
ヴェルダーハウスは、2013年、ハンブルクの国際建設博覧会(IBA)に合わせて建設された。クライアントはドイツ森林保護協会、ハンブルク支部。1階には森に関するサイエンス・センターや地産地消のレストランがあり、2階には環境保護やSDGsに関するイベントが行われる多目的ホールが入っている。その上の3つのフロアは82室のホテルだ。
この建物で特徴的なところは、なんといってもファサード。無処理のカラマツとトウヒの板を張り巡らせた中には鳥の巣箱や小さな庭が隠れていて、周囲の生き物に住む場所も提供している。しかし、不燃処理や塗装を施さない木材を外壁に使う建築は簡単ではなかったようだ。
強度や火災安全性に配慮して設計された建物は、1階と2階は鉄筋コンクリート、上階のホテル部分3フロアはトウヒの木造壁式構造。ヴェルダーハウスを手がけたAndreas Heller Architects & Designers によれば、5階建ての建物を燃えやすい木のファサードで覆う計画は現代の木造建築史上でも革新的だったという。ファサードの裏には不燃性の石綿を断熱材として使い、スプリンクラーを配置。また各階の天井全面を防火壁にして、上下方向に空気が流れる空間を作らないことで、煙突効果を防ぐなどの工夫を凝らしている。
香りや風合い、自然の素材を楽しむ空間
ヴェルダーハウスを訪れた人が入り口から足を踏み入れると、まず大きな吹き抜けに置かれた木の彫刻が目に入る。さまざまな種類の木の枝や幹を繋いだ、現代アーティスト、アイ・ウェイウェイの作品〈ツリー〉だ。自然と人間の営みを結びつける作品は、この建築を象徴しているようにも思える。木の温かみを感じてもらうため、1、2階はコンクリート打ちっぱなし、縦横無尽に走るダクトを剥き出しにしたインダストリアルインテリアだ。
ホテルの部屋へと上がっていくと、まるで森の中を歩いているような爽やかな香りに包まれる。アシンメトリーに作られた廊下も部屋も、天井から床までトウヒや松を使った、木を感じる空間。床だけは、靴音や傷から保護するため絨毯を敷かざるをえなかったというが、それ以外は家具も木の風合いをそのまま生かした。素朴で居心地のいい部屋は完成から10年以上経ったいまも香りがよく、深呼吸をしたくなる。
美しいと思えば守りたくなる。森を、木を美しく魅せる建築
木の香りと共に印象的だったのが、部屋の気温だ。外は汗ばむほどの陽気だったのが、ひんやりと涼しい。断熱効果の高い窓と熱交換換気システムで室内が適温に調整されているのだ。緑化された屋上や木のファサードにも断熱効果がある。太陽光発電と地中熱を利用するヒートポンプでエネルギーの大半をまかない、屋上では雨水が溜められて再利用されている。ファサードの板は無処理ということもあって、99%リサイクルが可能だという。
この建築を案内してくれた、ドイツ森林保護協会ハンブルク支部のディレクター、バーバラ・マコフカさんは、機能性も重要だが、美しいデザインにこそ、こだわりたかったと教えてくれた。
「美しいと思えば、人はそれを守りたくなるからです。森が大切だということはみんな知っているのですから。」
ホテルの部屋には、ドイツに自生する木の名前が付けられている。聞いたこともない木もあれば、ブナやなど身近な木の名前も。一晩に泊まるだけでも、森や木、自然とのつながりを感じることができる森の家。建材としてだけではない、木の魅力を味わってみたい。
Wälderhaus ―ヴェルダーハウス(森の家)