築40年の鉄骨平屋を蘇らせた「防府の住居と事務所」は、島田陽氏の手腕が光る建築
建築家・島田陽は1972年 兵庫県神戸市産まれ。1997年に京都市立芸術大学大学院卒業。同年にタトアーキテクツ/島田陽建築設計事務所を設立。「六甲の住宅」でLIXILデザインコンテスト2012金賞、第29回吉岡賞受賞。「石切の住宅」で日本建築設計学会賞大賞。
今回ご紹介するのは、島田陽が設計した「防府の住居と事務所」。およそ築40年という鉄骨平屋の建物を、住宅と事務所、倉庫、店舗などにする設計を依頼されたという。広さは十分だが、それぞれ役割が異なる部屋を同居させるとなると、さまざまな配慮が必要だ。島田氏はうまくバランスを取りながら、住宅・事務所・倉庫・店舗といった空間を作り上げた。
住宅 兼 店舗 兼 事務所
築40年の平屋の持ち主は、1865年創業の醸造所を引き継いだ。旧来の醤油や味噌のような醸造品以外に、新しく商品展開を手がけつつあるという。風情のある味噌蔵でこれまで通り醸造は続けながら、味噌蔵では処理しきれない全国への発送業務などをする事務スペース、店舗の要素と、彼ら自身の住宅をつくり出す必要があったそうだ。
醸造所の方は建主たち自身によって、老朽化した味噌樽を解体して外壁に使うなど、古くから続く味噌蔵の風情の魅力を活かして改修が行われていたとのこと。もともとの建物で十分な広さがあったが、既存建築のグリッドに対して45度振った壁を挿入。元の建物の大きさをあいまいにすることで、軒下や中庭といった、新たな空間が抽出された。
プライバシー・セキュリティ面を検討
本来住居とは社会的場所から離れ、ほっと一息つける落ち着いた空間を指す。しかしこの建物は店舗も一緒になっているため、どうしても不特定多数の人が出入りすることになる。住居のプライバシーは守りたいし、外からの目に触れないようにしたい。そこで、店舗や商品発送用の倉庫を道路側に配し、あえて人目のつく場所に集めたという。
住居部分は味噌蔵や店舗から離れたところに置き、あいだには中庭を作ることで物理的なスペースを保っている。ひとつ庭を挟むだけでも、部屋の役割の違いは明らかだろう。そして事務所、商品開発用の試作室から住宅までを垂れ壁、透明な壁としてのガラス、不透明な壁を設置。閾と境界をつくり、グラデーショナルに奥行きをつくり出している。
完璧に分断せずグラデーションに
1つの建物の中に複数の施設が入るとなると、それぞれがばらけてきっちりと区画されるイメージがあった。ところがこの建物はすべてがうまく一体化しており、歩いていくとどこまでも続くような感覚になるという。島田氏はあえて店舗と事務所、倉庫、住宅で仕上げや天井高さを微妙に変え、閾をくぐり抜けるたびに少しずつ雰囲気が変わるように設計しているそうだ。そうやって境界をグラデーションにすることによって、そこで過ごす従業員もお客も、全員の距離感もグラデーショナルになるのではないだろうか。