軍用滑走路を取り込んだ、田根剛による場所の記憶を伝える空間「エストニア国立博物館」

ラトビア、リトアニアと並ぶ、バルト三国のひとつであるエストニア。バルト海やロシアに隣接する、ヨーロッパにある国です。ゴシック様式の建物など中世の面影が残る歴史的な美しい街並みは、世界遺産に登録されているほど。そんなエストニアの初の国家プロジェクトとして建てられたのが「エストニア国立博物館」です。2005年〜2006年の国際コンペを経て、日本人建築家・田根剛が率いるグループが選ばれ、設計を手掛けました。

軍用滑走路を取り込み“場所の記憶”を伝える空間に

エストニア国立博物館はエストニア第二の都市タルトゥにある国立の民族博物館。民俗学者であるヤコプ・フルトによる、同国の民俗誌とフォークアートへの遺産の展示に特化しています。建設地は1909年に設立された最初のナショナル・ミュージアムの敷地内であるラディ地区が選ばれました。しかしここは、第二次大戦後に旧ソ連が軍用地として占拠した跡地であり、1991年の独立後20年以上も手つかずのまま残っていたのです。

そこで、田根は、負の遺産とも言える軍用地の中央に横たわる滑走路の延長線上にミュージアムを直結する構成に。膨大なコンクリートによって作られた滑走路から続く一本の線が空と大地を分けるその場所を、民族の歴史を伝えるミュージアムとしたのです。旧滑走路から見ると、街に向かって、さらには未来に向かって飛び立つようにも見えます。過去の記憶を抹消するのではなく未来へと繋ぐ、エストニアの歴史を環境とともに取り込んだプランです。

国内最大規模のガラスに包まれた博物館

建築は地下1階、地上2階建てで、全長355m、幅72m、延床面積34,000㎡にも及ぶエストニア国内最大規模。コンクリートの建物本体はガラスで覆われ、そのガラスにプリントされたデザインは、森と雪景色をイメージしたエストニア伝統の模様「オクタグラム」をモチーフとしています。

周囲の森が映り込んだ時になじむ美しいガラスのディテールデザインとなっており、雪に包まれたエストニアの風景をコラージュした画像を解析し、ドットで表現した10種類の図象が浮かび上がります。ガラスは気温が+30℃から―30℃と、年較差60度以上の厳しい気候条件に耐えるものを採用。気温差の激しい現地の環境への工夫も盛り込まれています。

3つの展示室で構成されるゆったりとした内部空間

建物はところどころで池をまたいでおり、池の上はレストランです。

レストランは星空のような無数のハンギングライトが輝く、開放的な空間となっています。

街側に設けられている特徴的な大きな庇のエントランスから館内に入ると、手前はパブリックエリア、その奥が展示エリアとなっています。

パブリックエリアには、ショップ、レストラン、イベントスペース、図書室などがあります。

展示スペースは主に3つに分かれており、一つ目はEncounterというエリア。

現代・近代・古代のエストニアというように時間を遡っていくような展示方法がとられており、生活道具をはじめとする展示品を鑑賞できます。

中にはエストニア国内の方言を集め、エストニアのその地方・地域の人が話している音声が流れるブースも。

ユニークな展示もこの博物館の見どころです。

2つ目はUurali Kaja(ウウラリカヤ/ウラルエコー)というエリア。エストニア人の多くが属するフィン・ウゴル系民族の文化について紹介しており、言語、遺伝子、場所、人口に関する様々なことを学ぶことができます。また、ほとんどのサービスがオンラインで完結でするほどのI T先進国としてのエストニアのテクノロジーを感じられるコーナーもあり、説明が書かれたボードの表示言語が変化したりとこちらでも遊び心に富んだ展示を楽しむことができます。

3つ目は企画展スペース。民族衣装やエストニアを代表するアーティストの作品展など、様々なテーマを取り上げた展示を開催しています。

人類の過ちを振り返り、より良い未来へと繋ぐための空間

エストニア国立博物館は 2年に一度フランス文化庁が主催するフランス国外建築賞(AFEX 2016)で 大賞のグランプリを受賞し 、ミース・ファン・デル・ローエ賞にもノミネートされるなど国際的な脚光を浴びました。人類の歴史を次世代に伝え、より良い未来とは何かを思考させる空間です。

エストニア国立博物館 – Estonian National Museum

所在地 : Muuseumi tee 2, 60532 Tartu
開館時間 : 火-日曜日 11:00~18:00
休館日 : 月曜日・祝日
入館料 : 4€
公式サイト : https://erm.ee/