アイデアを考えて形にするプロセスが何より幸せ。えぐちりかさんが語る、広告・プロダクト作りの仕掛けとは

大手広告代理店でアートディレクターを務めながら、個人でも絵本を出版したり立体作品を作ったりしながら、作家活動を続けている「えぐちりか」さん。彼女が手がける作品はどれもきれいで楽しく、ユニークなイメージがありますが、その発想はどこから湧いてくるのでしょうか。また広告を作り出すうえで大切にしているのことは何か、詳しくお聞きしました。

えぐちりか / アートディレクター・アーティスト

アートディレクターとして働く傍ら、アーティストとして国内外で作品を発表。著書絵本「パンのおうさまシリーズ」シリーズが小学館より発売。広告、アート、絵本、プロダクトなど様々な分野で活動中。イギリスD&AD金賞、スパイクスアジア金賞銀賞、グッドデザイン賞、キッズデザイン賞、アドフェストブロンズ、インターナショナルアンディーアワード銀賞、JAGDA賞、JAGDA新人賞、ひとつぼ展グランプリ、岡本太郎現代芸術大賞優秀賞、街の本屋が選んだ絵本大賞3位、LIBRO絵本大賞4位、他受賞多数。青山学院大学総合文化政策学部えぐちりかラボ非常勤教員。多摩美術大学グラフィックデザイン学科非常勤講師。
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昔からインテリアやプロダクトが大好きだという、えぐちさん。今はほぼ家で仕事をしていることから、仕事と生活を両立しやすい住空間のデザインと、日常で手にするプロダクトのデザインを大切にしているそうです。その環境によって気持ちが上がり、生活を豊かにしてくれるのだとか。そして、1番好きな場所としてあげたのは“家のリビング”。「自然光がすごく好き。4年前に家を建てたのですが、長時間自然光が入ってくる明るい家が第一条件でした。太陽の明るさの中にいると、気持ちが上がってきて仕事にすごく集中できる」のだといいます。

子供の頃の布花を作るワークショップの記憶から制作した3400枚の下着で花畑を作ったインスタレーション「秘密の花園」

えぐちさんの作風には、幼い頃の影響も大いに関係しているそう。小さい頃はピアノやそろばん、書道、水泳、英会話、塾、フィギュアスケート、ジャズダンス、エレクトーンなど…思い出せないくらい習い事をしていたそうで、親御さんから勧められたり、自分から見つけてお願いしたりと、さまざまなことにチャレンジしていたといいます。

子供の頃の布花を作るワークショップの記憶から制作した3400枚の下着で花畑を作ったインスタレーション「秘密の花園」

「小学生の頃の1回しか習っていないワークショップの記憶から、作品のアイデアを思いつくことも。子供の頃からの記憶で生み出している、といえるくらい、幼い頃の経験が活きています。いろんなことにチャレンジさせてくれた親にとても感謝しているし、自分も子育てをしながら、子どもたちがやりたいと言ったことは可能な限りやらせてあげるように心がけています」

アートディレクションとしての仕事。制作するにあたって心がけていることは

広告の制作にあたって大事にしていることは、“どんなものでも作るものには魂を入れる”こと、“見る人の気持ちをワクワクさせる”こと。「広告って好んで見たいものではないですし、私自身もスキップしたくなってしまう。街で目に入るものも、広告ではない方がいいなと思っちゃう気持ちもわかるので」と前置きしながら、「だからこそ作るなら、なるべく一度目にしたらこれはなんだろう?」と最後まで興味を惹くものや、見て良かったと思えるようなものにすることを心がけている、と話します。

えぐちさんの手がける広告は、例えばラクダにブラジャーを組み合わせたPEACH JOHNの広告など、少し変わったビジュアルが特徴です。「目指しているのは、見てて楽しいもの。1、2秒で目にしてなんだろうと思ってもらい、クライアントのメッセージを一般の方が最後まで見たくなるようにする仕掛けがすごく大事だと思っている」とのこと。上のPEACH JOHNの広告は、胸をふっくら見せてくれる楽な付け心地のノンワイヤーブラを宣伝するために、意外性のあるラクダを採用したり、(つけ心地が)“楽だ”と“ラクダ”をかけて「ラクだけど盛れる」というコピーにすることで、ただ驚かせるだけでなく、納得感を最後に入れていると語ってくれました。

「見終わった後に“へえ〜”と思ったり、見て良かったなと思ってもらえるように作っている。仕事を依頼されたときも、作り手よりも消費者、見る人の気持ちで作るようにしています」

ディレクションとアーティスト、その棲み分けと切り替え

大手広告代理店でアートディレクターとして働く傍ら、ご自身もアーティストとして活躍しているえぐちさん。その2つの活動においての棲み分けや、切り替えの方法をうかがうと、実際はシームレスであまり意識していないとのこと。「時間があれば、1日中何かを作っている感じ。クライアントからの要望に答えるのも好きで、どんなアイデアを見せたら相手に喜んでもらえるか、と企画を考えるのですが、個人活動も一緒。どちらも、何を伝えるかを大事にしている」と話します。伝えるべき内容が、クライアント発だとしても、消費者として自分でも共感できるメッセージにしてから、届けるようにしているそう。だからこそ、えぐちさんの手がける作品は、見る人の心を揺さぶり、興味を惹くのかもしれません。

30代の10年は、妊娠と出産が3年おきくらいに続いていたため家で仕事をすることも多く、コロナ禍での活動において変化はあまりなかったのだとか。ただご主人もリモートワークになったことで、家族の時間が増えたそうです。

「今までは、仕事をしている姿を子どもに見せることはほとんどありませんでしたが、プレゼンしたり、大学の授業しているすぐそばに子どもがいたりと、家の中でいろいろなことに取り組んでいますね」

昔からの夢を叶えた絵本『パンのおうさま』シリーズ

絵本の『パンのおうさま』シリーズは、えぐちさんの代表作品の一つとして知られています。「飾っておきたい」「娘のお気に入り」と絶賛の声が上がるほど人気が高く、現在は第3弾まで販売中。この本が生まれたきっかけは何だったのでしょうか。

「子どもの頃から絵本がすごく好きで、いつか自分の子どもが生まれたら自分で絵本を書いて読み聞かせするのを目標にしていました。仕事は広告のアートディレクターですが、仕事関係で児童書の方と知り合う機会があり、“絵本を書くのが夢なんです”と伝えて、今までの作品を見に来てもらうことになったんです」

今までおこなってきた本の装丁を見せていたところ、「えぐちさんは面白い装丁をたくさんしているから、装丁から絵本を考えるといいかも」とヒントをもらったそう。そこでプレゼンの機会をもらい、“書店の絵本コーナーに置いてあったらおもしろい”絵本の装丁を考え始めたのだとか。“本棚に食パンが挟まっていたらおもしろい”と思ったえぐちさんは、形が決まってから内容を考え、「食パン型の絵本が何冊か並んでいると、食パン一斤のように見える」という理由から、いつか3〜4冊販売できるように4話まで考えてプレゼンしたといいます。今では3冊まとめたパッケージで販売されたり、中国版・台湾版も登場し、その注目度はますます高まっているんです。

Life is 「Create」

えぐちさんにとって人生とは、“自分で作ることで産み出す日々”。

広告やプロダクト、アート、絵本においても、アイデアを考えて形にするプロセスが何よりも好きな時間だといい、「おばあちゃんになっても、日々作ることを楽しんで、自分が生み出した大切なものに囲まれて生きていけたら幸せです」と語ってくれました。