建築デザイナー・大城健作による与論島に誕生した「Muuru(ムール)」は、島の光を刻むブルータリズム的な建築。

鹿児島県の南端、ほぼ沖縄の最北端の離島・伊平屋島と同じ緯度に浮かぶ与論島。手つかずの自然と青い海が広がるこの地に、イタリア・ミラノを拠点に活躍する建築デザイナー、大城健作が手がけた複合施設「Muuru(ムール)」は、与論島の強烈なコントラストと共に、静謐な存在感を放っています。

この挑戦的なプロジェクトには、ローカルアーキテクトとして五十嵐敏恭が主宰するSTUDIO COCHI ARCHITECTS が参画し、島の風土と現代デザインの融合を支えました。Muuruは、打放しコンクリートによるブルータリズム的な力強いフォルムが特徴です。これは、国際的な活動を通して得られた大城の洗練されたミニマリズムと、島の光と影という自然の要素を、硬質なコンクリートという媒体を通じて融合させる、大城の挑戦的な試みです。

ブルータリズムの静謐な表現とコンクリートが語る与論島のテクスチャとシェルター性

「Muuru」の建築的特徴は、その力強くソリッドなコンクリート打ち放しの壁にあります。

このブルータリズム(Brutalism)的なデザインは、装飾を排し、素材そのものの荒々しいテクスチャを際立たせることで、与論島の強い日差しや風、台風といった厳しい自然環境に対して、静かに立ち向かう姿勢を表現しています。

この分厚いコンクリートの塊は、内部空間を外部の過酷な環境から守る「シェルター」的な役割を担っています。壁の一部には、見る者に存在感を与えつつも、独特のダイナミズムを生み出す傾斜がつけられています。まるで建築自体が途中で斜めに迫ってくるかのようなこの傾斜は、単なる造形ではなく、光の入り方や風の受け方を調整する機能も併せ持っています。

コンクリートの壁は、与論島の強い日光を受けてソリッドな陰影を生み出し、時間帯によって表情を刻々と変化させます。この建築は、普遍的な素材を通じて、与論島という特定の風土を背景にした独自の静謐さを創造しているのです。

抑制されたミニマリズムが深化させる空間の緊張感と木製建具

外部の力強いブルータリズムから一転、Muuruの内部空間は、イタリア・ミラノを拠点とする大城の洗練されたミニマリズムに貫かれています。床、壁、天井に至るまで、無駄な要素を徹底的に削ぎ落としたデザインは、抑制された色彩と相まって、空間に高い緊張感と静けさをもたらします。

硬質なコンクリート空間に、唯一、温かみと触感的な柔らかさを添えているのが、厳選された木製建具です。大きな開口部や扉に用いられた木材は、冷たいコンクリートの肌と対比し、空間に繊細なヒューマン・スケールを持ち込んでいます。この木とコンクリートの対比は、普遍的なモダンデザインの中に日本の素材感を調和させる、国際的なデザイナーならではの緻密な配慮を示しています。

このデザインは、静謐な空間美を通じて、訪れる人々に精神的な充足感を提供するという、高度な空間思想が実現した結果と言えるでしょう。

島の風景を切り取る「開口部」とコミュニティを育む機能

Muuruは、カフェやギャラリー、オフィススペースなどを備えた多目的な複合施設として機能しています。このコンクリートの塊に穿たれた開口部(窓やエントランス)のデザインは、機能性と視覚的な演出の双方で重要な役割を担っています。

窓は、ランダムではなく、与論島の特定の風景(青い海、遠くの緑、空の広がり)を一枚の絵画のように切り取るように設計されています。硬質なコンクリートの壁が、これらの風景を強烈な色彩と光でフレーミングし、自然の美しさを際立たせるという効果を生んでいます。

この開かれた構成は、Muuruを観光客と島民が日常的に交差する「コミュニティの交差点」として機能させています。カフェスペースや広々としたテラスは、人々が集い、情報交換や交流を行うためのオープンなプラットフォームであり、建築が島の新しい社交の場としての役割を果たしているのです。

ライフスタイルとしての「コンクリートの静けさ」

与論島の魅力は、忙しい日常から解放されたゆったりとした「島時間」です。Muuruのブルータリズム的で抑制されたデザインは、この「島時間」を、より深く内省的なものへと高めています。

装飾や色彩の喧騒から離れた硬質なコンクリートの静けさは、利用者に「何もしない贅沢」を意識させ、自分自身や周囲の自然と向き合う時間を与えます。無駄を削ぎ落とした空間の中に身を置くことで、五感が研ぎ澄まされ、海の色、風の音、コーヒーの香りといった些細な要素が豊かに感じられます。

Muuruは、デザインの力を通じて、現代人が求めるウェルビーイングと精神的な充足を、与論島という特別な場所で提供しています。これは、自然と人工物が共存し、ライフスタイルそのものがデザインされた、新しいリゾート建築の形と言えるでしょう。

与論の名所、百合が浜で一息できる場所

Muuruは、単体の建築作品としてだけでなく、島のコミュニティとライフスタイルを支える複合施設として機能しています。この機能性の中心が、1階のショップと2階のカフェ・ラウンジです。

1階のショップは、コンクリートの壁に囲まれたシンプルでミニマルな空間の中にあり、島の特産品や洗練されたデザイングッズ、工芸品などを展示・販売しています。ここは、「商品」が主役となるよう、背景の建築が徹底的に抑制されており、訪れる人々に与論島の「今」を感じさせるキュレーションの場となっています。

一方、2階のカフェ・ラウンジは、島の風景を最もダイナミックに享受できる場所です。

ランチには、美味しいカレーを食べることもできます。

このフロアは、コーヒーを楽しむカフェとしてだけでなく、イベントや交流のためのラウンジとしても機能し、観光客と島民がリラックスしながらコミュニケーションを取る「島の開かれたリビング」としての役割を果たしています。ラウンジには大城健作がデザインしたラウンジチェアが配置されています。

参考:デザイナー大城健作による彼の与論島の建築作品のためにデザインされた「YORONラウンジチェア」

この機能の棲み分けこそが、Muuruを単なる観光施設ではなく、島の生活に根ざした場所にしている理由です。

島の光と影を美しく映し出す南の島の現代建築

大城健作が与論島に創造した「Muuru(ムール)」は、国際的な感性と島の風土を打放しコンクリートという挑戦的な素材で結実させた、現代建築です。ブルータリズム的な力強さと抑制されたミニマリズムは、島の光と影を美しく映し出し、訪れる人々に静かで深い感動を与えます。

この建築は、デザイン、アート、そしてコミュニティが交差する島の新しいハブとして機能しています。与論島を訪れた際には、ぜひこの硬質な建築の静けさの中で、無駄を削ぎ落とした空間がもたらす内省的な「島時間」を体験してみてください。それは、あなたのライフスタイルに新たな視点をもたらすでしょう。

Muuru – ムール

開館時間:9:00~17:30
休館日:水曜日
Instagram:https://www.instagram.com/muuru_yoron/
住所:〒891-9307 鹿児島県大島郡与論町古里10−7