大阪・関西万博で枯れゆくはずだった生態系と5つのアートが共創する「静けさの森」

2025年大阪・関西万博の会場中央に広がる「静けさの森」は、万博記念公園をはじめ、大阪府内の各公園から移植された約1,500本の樹木からなるこの森は、将来伐採される運命にあった“いのち”の再生を象徴しています。テーマ事業プロデューサーの宮田裕章、会場デザインプロデューサーの藤本壮介、ランドスケープデザインディレクターの忽那裕樹、アートディレクターの長谷川祐子らが手掛けるこの場所は、喧騒から離れた静謐な空間で、自然とアート、そしてテクノロジーが融合し、来場者に「いのち輝く未来社会」を深く思考するきっかけを与えます。

喧騒から離れた“いのちの再生”を象徴する森

「静けさの森」は、大阪・関西万博の会場デザインを象徴する存在です。万博の華やかなパビリオンが立ち並ぶ中、この森は、訪れる人々に静けさと安らぎをもたらす“いのちのネットワーク”として機能します。約2.3haの広大な敷地には、万博記念公園などから移植されたクヌギやコナラ、エゴノキといった約1,500本の樹木が植えられ、枯れゆくはずだったいのちに新たな居場所を与えました。

不揃いで多様な樹木が混在する森は、自然の力強さと多様性を表現するとともに、会場の真ん中に位置し、さまざまなパビリオンをつなぐ役割を果たします。森の中には、水景施設として池や水盤が配置され、水の循環もテーマの一つとして可視化されています。

世界的アーティストが「いのち」を問い直すアートプロジェクト

「静けさの森」は、5つの主要テーマに沿ったアートプロジェクトの舞台となります。ここでは、単に作品を鑑賞するだけでなく、来場者自身が参加し、五感を通じて未来のビジョンを体験的に思考することが求められます。

例えば、「平和と人権」をテーマにしたアーティストオノ・ヨーコの「Cloud Piece」は、地面に掘られた穴に仕込まれた鏡が空を映し出し、来場者にひとつの空を共有する体験を通じて平和への思いを巡らせるきっかけを与えます。

また、「健康とウェルビーイング」をテーマにしたレアンドロ・エルリッヒの「infinite garden」では、鏡と植物が織りなす空間で、来場者は自分の姿が無限に広がる多様な自然の中に溶け込む感覚を味わうことができます。これらの作品は、従来の芸術作品の枠を超え、人間中心の視点から離れ、生物多様性、平和、ウェルビーイングといった普遍的なテーマを感覚的に捉え直す機会を提供します。

森が語りかける未来、自然とテクノロジーの共生

「静けさの森」に点在するアートは、人間と自然、そしてテクノロジーがどのように共生できるかを問いかけます。イタリアの植物学者ステファノ・マンクーゾが率いるチームPNATによるアートプロジェクトは、「地球の未来と生物多様性」をテーマに、植物の視点から世界を見るというユニークな試みです。植物の活動を可視化するこの作品を通じて、来場者は“植物として生きる”とはどういうことかを直感的に感じ、人間中心主義の世界観を問い直すことになります。

また、「未来のコミュニティとモビリティ」をテーマにしたトマス・サラセーノの作品「Conviviality」は、クモの巣を模した彫刻を森の上空に浮かべ、人間以外の多様な生物が共生できるコミュニティを提案します。これらのプロジェクトは、デジタル技術を駆使しながらも、自然界の知恵や生態系の豊かさから学び、今後の社会やコミュニティのあり方を考えるための重要なヒントを与えてくれます。

時代の転換点を示す「学びと遊び」「食と暮らしの未来」

「静けさの森」のアートプロジェクトは、未来の社会を構成する上で不可欠な要素を深く掘り下げています。フランス人アーティスト、ピエール・ユイグの作品は「学びと遊び」をテーマに、見る者の常識を揺さぶることで、未知や違和感に対する好奇心を刺激します。一見、普通の彫刻に見える作品が人肌のような温かみを持っていたり、パフォーマーが発する音が人間には理解できないものだったりといった体験を通して、「生きている/生きていない」といった既成概念を問い直します。

このような体験は、知識を詰め込むだけの学びから、自ら問いを立て、探求し続ける学びへと意識を転換させることを促します。また、「食と暮らしの未来」では、アルゼンチンのシェフマウロ・コラグレコや日本のシェフらが、レアンドロ・エルリッヒのアートと連動した五感に訴える食体験を提供します。

新しい万博のあり方を示す「共創の場」

「静けさの森」は、単なる展示や体験の場ではなく、未来を「共創」するためのプラットフォームでもあります。ここでは、万博のテーマ事業プロデューサーやアーティスト、各界の専門家が集まり、多様な価値観を横断する対話が行われます。テーマウィークと連動したトークセッションや、建築家・山田妙子がデザインした集会所を拠点にした交流会など、来場者も巻き込みながら、未来の文化や社会のあり方について意見を交換する場が設けられています。

「静けさの森」は、人間社会がこれまで築いてきた経済的なヒエラルキーや競争原理を超え、人や企業、国が協力し、どうすれば共に未来を創れるのかを模索する、新しい時代の万博の姿を体現しています。ここでの体験は、私たちが互いに「Co-being(共に生きる)」ためのヒントを与えてくれることでしょう。