100年の歴史を持つ煉瓦倉庫を延築!建築家・田根剛による初の国内美術館建築「弘前れんが倉庫美術館」

近年、青森県が現代アートに力を入れていることをご存知ですか。縄文遺跡、津軽三味線など、土俗的文化のイメージが強い青森県。実際に県立美術館が設立されたのは2006年と、アートに対しては後進的でした。しかし、県立美術館に先立って2001年に設けられたアーティスト・イン・レジデンス「国際芸術センター青森」を筆頭に、2008年に「十和田美術館」、2020年に「弘前美術館」、そして2021年に「八戸市美術館」がオープンし、現代アートを醸成する環境が整いつつあります。そんなユニークな背景を持つ青森県に新たにできた「弘前れんが倉庫美術館」は、パリを拠点に活動する建築家・田根剛が手掛けたもの。彼の代表作でもある「エストニア博物館」と同様に、その土地と建築の記憶を汲み取って生み出された新たな空間は、これまで、そしてこれからの青森県の歴史を、アートと共に飾る重要な拠点となりそうです。

100年の歴史を持つ煉瓦倉庫を美術館に昇華

建物は約100年以上前の明治期に建てられた煉瓦倉庫。

建築が建つ吉野町緑地帯は、かつてりんご農園が点在していた地域でした。当初酒造として作られた煉瓦倉庫では、戦時中の米不足で日本酒の製造が危ぶまれた際に、フランスの技術を用いて日本で初めてシードル(リンゴを原料とした発泡酒)の製造が行われました。

その後は空き倉庫として取り残されていたものの、1990年以降この倉庫を活用しようとさまざまな文化芸術の活動が行われ、2006年に弘前市出身の奈良美智の個展が行われたのを大きな契機に、倉庫を改修し、美術館にするという構想が立ち上がりました。

「記憶の継承」を目指した、もとの姿の保全と機能性のアップデート

田根が日本で初めて手がけた美術館建築である同館のコンセプトは、「記憶の継承」。旧建物の素材をなるべく生かし、かつての姿を極力とどめておけるように、様々な工夫が施されました。既存の建物を修復・保存するだけでなく煉瓦の新たな使い方を発掘し、新築や改築でもなく、増築や減築でもない方法で進めた今回のアプローチを、田根は”延築”と呼んでいます。

建物の最大の特徴でもある煉瓦壁は、耐震性に問題があったため、長さ9mの鋼棒で上下に“串差し”にして強度を補強。これによって外観の状態を損なわずに煉瓦壁を残すことが可能となりました。

一方、倉庫を美術館にするにあたり、新たなエントランスが求められました。

そこで、既存のイギリス積みに対して、煉瓦を蛇腹状に積み上げるとともに、手前から奥へとすぼまっていくような形にすることで意匠性を高めました。同時に、既存の煉瓦壁の状態を確認し、黒ずみや白化などの表層の状態や破損状態を読み解いて、高圧洗浄や再製作煉瓦による埋め戻しなどの修復技術を採用。既存の煉瓦との違和感が出ないように工夫がなされました。

内部の展示空間においても既存壁に塗られていたコールタールに毒性や展示作品への悪影響がないことを検証し、そのまま採用することに。

これによって従来のホワイトを基調としたものとは異なり、この美術館ならではの重厚感のある空間となっています。

また、旧建物に残されていた階段や貯水タンクなども館内に残し、歴史を語り継ぐオブジェとして取り入れています。

他、木造の小屋組は部分的に梁を入れ替えたり、材を鉄骨プレートで挟むことで構造補強を行うことで、当時の形をできる限り生かしつつ、現代の環境に合った空間へと整えています。

建物の象徴でもあり町の風景でもあった大きな屋根部分は、老朽化が著しく進んでいたため、金色のチタン板に葺き替え。田根はシードルの色に見立て「シードル・ゴールド」と名付けました。煉瓦壁に映える金色の屋根は、シードル工場としての記憶を次世代へと継承します。

市民の憩いの場としても機能する空間

館内には展示室のほか、多目的スタジオなど3つのスタジオ、美術関係の蔵書などをそろえたライブラリー、壁面を貸し出す市民ギャラリーなども設けられています。

地域住民にとって身近な存在となっています。

美術館の隣には、同じく倉庫の煉瓦壁を活かしたカフェ・ショップ棟を配置。

店内にはシードル工房が設けられており、ここで製造したシードルが味わうことができます。国内初のシードル工場となった空間でその当時に思いを馳せながら楽しむ一杯は、記憶に残る味わいとなりそうです。

青森の歴史を語り継ぐ注目のスポット

アートの拠点としてだけではなく、土地の歴史を継承し、市民の交流・憩いの空間としても機能している「弘前れんが倉庫美術館」。地域と世界を結ぶスポットとして、今後の活動がどのように展開されていくのか注目のスポットです。

弘前れんが倉庫美術館 MOCA

所在地:青森県弘前市吉野町2-1
開館時間:9:00〜17:00 ※入館は閉館の30分前まで、カフェ・ショップは9:00〜22:00
休館日:火(祝日の場合は翌日)
料金:一般 1300円 / 大学・専門学校生 1000円 / 高校生以下、弘前市内の留学生、満65歳以上の弘前市民は無料
電話番号:0172-32-8950
URL : https://www.hirosaki-moca.jp/
アクセス : 「弘前駅」徒歩20分 タクシー 7分 弘南バス100円バス(土手町循環)
→弘前駅中央口バスのりば「D100番」より乗車9分
→「蓬莱橋」下車・徒歩5分