「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督に就任した津田大介氏が語る。
現在、愛知県内で開催中の国際芸術の祭典「あいちトリエンナーレ2019」で、芸術監督を務める津田大介氏。インターネット対談番組での発言が物議を醸しニュースになる一方、彼が「あいちトリエンナーレ2019」で持ちかけるテーマやコンセプトは、美術業界のみならず社会的な注目を集めている。
メディア・アクティビスト津田大介とは?
開催中の「あいちトリエンナーレ2019」を受け、津田大介という人間を紹介するメディアが更に多くなった中で、「メディア・アクティビスト」という言葉をよく目にするようになった。まず、そもそも「メディア・アクティビスト」とは何なのだろうか?
津田氏はメディア・アクティビストを説明するにあたり「60年代~70年代のアメリカでは、テレビで情報発信できるのは、一部の限られた人しかできなかった。」と話し始めた。「当時、どんどんチャンネルが増える中で、一般市民にも情報発信ができるチャンネルを持たせろ、と要求した集団がメディア・アクティビストと名乗っていた」という。
津田氏が自身を「メディア・アクティビスト」と感じ始めたキッカケ。
それは、2011年3月11日に起きた東日本大震災にあった。
当時、津田氏はジャーナリストとして被災地へ取材へ行く中で、被害が比較的小さい場所に住む人々については取り上げられずにいる現実を知った。被害が比較的小さいとは言え、被害に遭った住民が苦しい思いをしていないわけはなく、助けが必要な状況に変わりはない。津田氏は、その状況に悩んでいた現地住民を助けるべく、WEBを使った情報発信のワークショップを実施したのだ。
その活動を通して「人々の情報発信を手助けする役割は、かつてアメリカで一般市民の情報発信を要求していたメディア・アクティビストと近しいものがある」と感じた津田氏。そこから自身を「メディア・アクティビスト」と呼ぶようになったのだ。
世間から「ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者」と呼ばれている津田氏の背景には、取材をして原稿を書くジャーナリストでもあり、人々の情報発信を手助けをする存在としてメディア・アクティビストでもある役割が存在しているのである。
芸術監督に選ばれた時は「どうやって断ろうかなと思った」
国内最大級の現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ」で、ジャーナリズムの世界にいる津田氏が「芸術監督」を務める… 言わば畑違いとも言えるこのコラボレーションには、誰もが衝撃を受けたのではないだろうか?その経緯や理由について以下のように語った。
元々「あいちトリエンナーレ2013」でトークプログラムの出演者であった津田氏。そこで初めて現代アートの魅力を知り、現代アートにもジャーナリズムと近いものがあると感じたという。そして、それから6年後の今。今度は「芸術監督」というトップの役割として同じステージへ戻って来たのだ。
では、どのようにして津田氏は「芸術監督」のポジションに立つことになったのか?
あいちトリエンナーレの芸術監督の選定は指名制になっていて、様々な経歴を持つ監督らが監督選出会議で指名をすることで決まる。つまりエントリーというものはないのだ。
2017年6月、津田氏の元に「あいちトリエンナーレ2019の芸術監督に決まりました」という内容が諸々書かれたメールが突然届き、その時のことを「まるで振込詐欺みたいだな。」と、津田氏は笑いながら話した。
津田氏自身、最初は「どうやって断ろうかなと思った」と話すものの、「引き受けたら大変で後悔するだろうな」でも「別の人がやったらやったで、自分だったらこうしたのにな…と後悔する」という混じり合った感情から引き受けるかどうか悩んでいたという。
そこで出した彼の結論は「やってもやらなくても後悔するなら、やって後悔しよう」。遂に、津田氏が手がけるあいちトリエンナーレが始まったのだ。
メディア・アクティビストの津田大介が「あいちトリエンナーレ2019・芸術監督」として魅せる形
津田氏が「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督を務めるにあたり「テーマ性にこだわったプロジェクトにしたい」という想いが最初にあったという。
今回は、ジャーナリストでありメディア・アクティビストの津田 大介が、「あいちトリエンナーレ」という美術業界のフィールドで追求するテーマについて深く解説していただいた。
あいちトリエンナーレ2019のテーマは「情の時代」
津田氏が「あいちトリエンナーレ2019」を立案し始めたのは、2016年~2017年頃。この時期といえば、トランプ政権に変わったり、イギリスがEU離脱をするなどで話題になっていた。津田氏は当時の様子を「世界が混乱していたように見えた」と話す。「中長期的・冷静に考えれば選ばないであろう選択を、一時の感情的な選択をして政治にも影響を与えている様」を「感情の時代」と捉えたのだ。
この「感情の時代」のことをテーマにしたいと考えた津田氏は、「感情」について深く突き詰めていくと、感情には3つの「情」があることを発見した。
まず「感情」について調べるにあたり、彼が思ったことは「感情が煽られる理由には、新聞やインターネットなどで情報を見ることが引き金になっている」ということであった。そして、その両者には「情」という漢字が含まれていることに疑問に思ったのだという。
津田氏は本屋で語源辞典を購入し、すぐ様「情」について辞書を引いた。
「情」には「心の動き=感情」の意味以外に「本当の姿」という意味が含まれていることを知った津田氏は、主観的で感情的な意味と、truthやfactという客観的な意味、いわば真逆の性質があるものが同じ漢字に込められていることが「面白い」と思ったという。
更に「情」という漢字には、全く違う意味がもう1つ込められていた。それは「情け」という意味。純粋な感情とは違う、哀れみのような意味をも込められていることに、津田氏の興味をまたもや惹きつけたのだ。
つまり、あいちトリエンナーレ2019のテーマ「情の時代」には、「心の動き・本当の姿・情け」という3つの意味が込められており、このテーマ性を重視したアーティストの選定を行っている。
業界の者でなかったからこそ追求することができた「ジェンダー平等」
現在開催中のあいちトリエンナーレ2019で、テーマに勝る勢いで話題になっていることがある。それは津田氏が行った「出展アーティストのジェンダー平等」。美術界の常識を打ち破る動きとして話題を集めている。今回、ジェンダー平等の選考をした経緯や意図について、津田氏は以下のように語った。
津田氏は、あいちトリエンナーレ2019のテーマ「情の時代」のテーマ性にこだわってアーティストを選んだ結果、その比率は「男:女=6:4」。このことをキュレーターに問いかけてみると「女性が物凄く多いです」と返ってきたという。美術業界は女性が中心だと思っていた津田氏は「物凄く多い」という返答に疑問を抱いた。
男女比率について自分とは大きく異なる美術業界の感覚が気になり、国際芸術展などで出展している過去の男女作家比を調べた津田氏は、そこに男女差別が発生していることに気づいてしまった。
例えば、2018年の東京藝術大学、武蔵野美術大学、多摩美術大学、金沢芸術工科大学、京都市芸術工科大学、愛知県立芸術大学、東京造形大学の新入生男女比では、女性入学者の割合はどの大学でも高い数値になっている。最も低い東京藝術大学でも65%という数字だ。
それに対して日本の主な国際芸術祭の男女比は、おおよそ6~7割が男性が占めている。過去のあいちトリエンナーレでも6割以上が男性である。
また、東京藝術大学や武蔵野美術大学の教員数も女性は15%程度と極端に低い。
その背景には「教える側・選ぶ側」に男性が多く、男性返上主義になってしまっていたことが深く根付いており、女性のエントリー数の方が多いにも関わらず、選ばれているのは男性が7~8割だったのだ。
この件を重く受け止め、今回のあいちトリエンナーレ2019では、男女比率半々・ジェンダー平等を決行。ジャーナリストそしてメディア・アクティビストの津田大介は、「芸術監督」として美術業界、さらには社会の問題提起をしている。
津田 大介の「LIFE IS 〇〇」
毎週様々なジャンルのゲストを招いて対談をお届けしている福岡のラジオ放送CROSS FM「ライフスタイルメディア #casa」では、対談の最後にゲストそれぞれの「LIFE IS 〇〇(人生とは)」を尋ねるのがお決まりになっている。
津田氏は今回「LIFE IS ギャンブル…フフフフッ」と笑いながら答えてくれた。その理由について「チャレンジに言い換えても良いんですけど」と前置きをしながら、「自分自身が成長してきたのは、やったことのないことをやる事で領域が広がったから」「そこで友人知人が増え、自分が今生き残れていると思う」と語った。
「生き方自体の変化を楽しむ」という思いも込めて、チャレンジではなく敢えてギャンブルという言葉を選ぶところも、まさに津田大介。あいちトリエンナーレ2019の芸術監督を務めあげたのも納得である。
津田大介氏をゲストに招いたCROSS FM「ライフスタイルメディア #casa」は、聴き逃した方はRadiotalk でもお楽しみ頂けます。