カンボジアのクメール近代建築を牽引した建築家ヴァン・モリヴァンの作品。

ヨーロッパやアメリカが牽引していたモダニズム建築。第二次世界大戦後、日本のモダニズムは丹下健三や前川國男、村野藤吾らがリードしてきたのは多くの人が知っている事実だろう。だが、日本以外のアジア圏でのモダニズムを知っている人は少ないだろう。せいぜいスリランカで開花したジェフリー・バワによるトロピカル・モダニズムと言われる建築くらいだろうか。

カンボジアの近代建築をリードしたヴァン・モリヴァン

首都プノンペンのシンボルでもある「独立記念塔」

現在急速な経済成長を続ける東南アジアの中のカンボジアにも、「ヴァン・モリヴァン」という建築家がいた。巨匠ル・コルビュジエの影響を受け、クメール近代建築を牽引したカンボジアで最も著名な建築家である。

1926年に生まれたヴァン・モリヴァンは、1946年にフランス・パリのソルボンヌ大学に留学。法律学を学んでいたが、すぐにエコール・デ・ボザールで建築を学び始めた。既に機能主義が主流となっていたフランスにおいて、西洋の古典主義を踏襲するボザールでの授業は旧態依然となっていたが、後にカンボジアにおいてクメールの様式や装飾を使ったデザインを行うことになるヴァン・モリヴァンにとって親和性があったに違いない。

直接の面識はなかったようだが、著書や実際の建築を通じて巨匠ル・コルビュジエに大きな影響を受けた。作品集を読むだけでなくヴァン・モリヴァンの住むパリにあるサヴォア邸やスイス学生会館、また完成したばかりのマルセイユのユニテ・ダビタシオンを訪れ、コルビュジエの建築の迫力や設計思想に触れていた。

首都プノンペンにある「チャトモック国際会議場」

1956年にカンボジアに帰国したヴァン・モリヴァンは、独立運動を主導したノロドム・シハヌーク国王と出会い、30歳で国家プロジェクトの主任建築家に抜擢された。その後、カンボジア国内にある数多くの国家プロジェクト的な建築を手掛けた。

ポル・ポト政権下のクメール・ルージュの時代にはスイスには亡命。1991年に20年の長い亡命生活の後に再び帰国し、アンコール遺跡群の保存と修復に取り組んでいた。昨年9月28日に91歳亡くなった。

代表作「オリンピック・スタジアム」

第三回アジア球技大会のために建設されたプノンペンにある「オリンピック・スタジアム」はヴァン・モリヴァンの代表作。実際には同大会も名前になっているオリンピックも開催されていないが、8,000人収容の屋内競技場や70,000人収容の屋外競技場、4,000人収容の水泳競技場などからなる市民に親しまれている総合的なスポーツ施設である。

アンコールワットと近代建築を融合した建築

ヴァン・モリヴァンは、垂直方向にもヴォリュームが出てくる建築の中で開放と閉鎖の両方が必要なスポーツ施設をアンコールワットの建築的構成を使ってデザインした。東西に貫く軸線を想定し、主要なヴォリュームを線対称に配置した。水盤や階段などもアンコールワットにも使われる要素を使って対比させている。

1969年に発表した「オリンピック・スタジアム」のスケッチには、アンコールワットとともに断面図の中に「目」や「シークエンス」、「視線の方向」が描かれていた。

逆ピラミットのようにそそり立つヴォリュームは、連続するビームで支えていてモダニックな手法を使いながらもどこかアンコールワットの装飾のような雰囲気も持っている。

水盤も設けられたピロティはダイナミックで、コルビュジエの影響を見て取ることができる。樋のデザインもコルビュジエの作品の中にもあるデザインと似ている。

塔のように聳える巨大な柱に支えられた内部空間は、アンコールワットの塔がメタファーとして使われている。構造はフランス・マルセイユのユニテ・ダビタシオンの構造家が担当した。塔のような柱は屋根のみを支えていて、客席部分は構造的に独立されている。

空調などは入っていないが、陽射しが強く雨の多いカンボジアの気候風土に対応するために、客席のイスの下に空いた孔と屋根と客席の間のアルミのルーバーが採光と通風の役割を担っている。

巨大な開口部があるわけではないが、明るい空間になっている。動線なども開放されている通常時とチケットが必要なイベント時も有効に使われるように計画されている。

背後に回ると屋内競技場の屋根がそのまま後方の屋外競技場に迫り出している。

すり鉢状に作られたフィールドと客席は、アンコール遺跡群のメタファー。丘はヒンドゥーで言う「宇宙の中心」でありフィールドが「無限の海」として表現されている。

 

西洋でも日本でもモダニズムを語るときには、それ以前のデザインを否定することから始まることが多い。ヴァン・モリヴァンは、クメールの様式や装飾とモダニズムの建築を上手く融合させていてとてもおもしろい建築である。最も丹下健三などはいかにモダニズムとそれまでの日本的なものを接続させるかと言うことを考えていたが、カンボジアでもヴァン・モリヴァンでも同じことが試みられていたということが非常に興味深い。

Olympic Stadium – オリンピック・スタジアム

URL : http://www.noccambodia.org/
住所:Charles de Gaulle Boulevard, Phnom Penh 12253 Cambodia

参考:
http://www.vannmolyvannproject.org
a+u(エー・アンド・ユー)2017年12月号