変化球の最適解──建築家・堤庸策が語る建築と人生の本質

前編:自然と人が調和する暮らしを設計する──建築家・堤庸策が選んだ、オフグリッドという生き方

持続可能性や自然との関係性が問われる今、「自然と人が調和する」建築を実践する堤庸策さん。

ミニマリスト建築家として、固定の住まいや事務所を持たず、従来の枠にとらわれない活動を続けています。そうした暮らしの中で、どのような変化が生まれたのでしょうか。そして、その選択は建築設計にどのような影響を与えているのか。さらに、堤さんが考える“人生の本質”についても伺いました。

家を持たないことで得た「圧倒的な自由」

Via : @yousakutsutsumi

家を持たず、ノマドワーカーとして日々拠点を変えながら働く堤さん。家をなくしてみた結果、得られたものを挙げるとすれば、どんなモノ・コトがあるのでしょうか。

「これまで手放してきたものは、物理的にも大きなものがたくさんあります。でも、その一方で得られたものは、圧倒的な自由ですね。朝起きてカフェに行くことと、海外にチケットを取ってふらっと飛ぶことが、感覚的にはほとんど同じなんです。枕元に置いてある2リットルのポーチを持って洗面所に行くのと、何キロも離れた場所へ移動することが、同じ延長線上にあるような感覚で。

それを体験してから、“地球に生きている”という感覚が強くなりました。仕事でどこかに訪れるときも、気になるところへ寄り道しながら、少しずつ向かっていく。そのプロセス自体が楽しいんです」

固定概念を持たないことが住宅設計に与える影響

Photo : Yasunori Shimomura

その暮らしは、住宅設計にも影響していますか。

「一番大きいのは、自分の固定概念を持っていないことかもしれません。多くの設計者は、自分の生活体験がベースになりますよね。でも僕には“自分の家”がない。だからこそ、自分の感覚を押し付けずにいられるのかなと思っています。クライアントさんの感覚に合わせて、自分を調整できる。それが強みかもしれません」

家を持たない建築家が、家を設計する。一見すると矛盾にも思える問いですが、そこにはむしろプラスに働いている側面もあるようです。

固定観念を外し、潜在的な願いを形にする設計

Photo : Yasunori Shimomura

堤さんの作品の中には、クライアントの意向でシンガポールを意識した住宅があります。開放的な雰囲気が印象的な建築ですが、そこにはどのような想いが込められているのでしょうか。

「まず意識したのは、固定概念をなくすことです。そうしないと、新しいデザインは生まれないと思っています。

クライアントさんが本当に求めていることって、必ずしも言葉になっているわけではないんですよね。それを一度言語に変換してから形にするのではなく、できるだけダイレクトに形にする。それが結果的に、喜んでいただけた理由なのかなと思っています」

抽象的な願いを、あえて言葉で整理しすぎず、そのまま空間へと落とし込む。そこにも、固定概念にとらわれない姿勢が貫かれています。

変化球のある最適解を探し続ける姿勢

Photo : Yasunori Shimomura

さまざまな建築家がいる中で、堤さんならではの強みはどこにあると思いますか。

「僕は建築大学を出ていませんし、正社員として働いた経験もありません。だから基礎的なセオリーを体系的に学んできたわけではないんです。その分、固定概念に縛られにくいのかもしれません。課題に対して最適解が複数あるとき、“一番まっすぐな答え”ではなく、“ちょっと変化球のある最適解”を探したくなるんです。

事務所には、論理的に情報を整理できる優秀なパートナーもいます。論理的な最適解と、変化球的な発想。その両方がぶつかることで、第三の答えが生まれる。そこが面白いですね」

愛から生まれる美しさ

Via : @yousakutsutsumi

堤さんにとって、ライフイズ〇〇には何が入りますか。

「ライフイズ“ラブ”だと思います。ここでいう“ラブ”は恋愛ではなくて、自分を愛すること、家族を愛すること、町を愛すること、行為そのものを愛すること。AIが発達して社会が大きく変わっても、最後に残る本質は“愛”なんじゃないかなと思っています。愛があるから、美しさが生まれる。時間が経つことで、味わいが出てくる。すべてはそこから始まる気がしています」

建築もまた、人や土地への愛から立ち上がるものなのかもしれません。

自由と愛を起点にした建築思想

家を持たないという選択は、単に自由を得るためのものではありません。固定概念を外し、愛を起点に空間をつくるための実践でもあります。「自由」と「愛」。その二つが、堤さんの建築をかたちづくっているのかもしれません。