「体験を設計する」──建築家・豊田啓介が語る、建築とデジタルのこれから
建築設計事務所「NOIZ(ノイズ)」を立ち上げ、建築・インテリアから都市、デジタル領域まで横断的な設計活動を行う建築家・豊田啓介。安藤忠雄建築研究所での実務経験を経て、コロンビア大学でデジタル建築を学び、現在は東京大学生産技術研究所特任教授として研究にも携わっています。
今回は豊田さんに、設計の根底にある「体験のデザイン」という考え方を軸に、これまでの歩みや日常の空間との向き合い方、そして建築とデジタル技術が切り拓くこれからの可能性についてお話を伺いました。
建築家・豊田啓介

1972年、千葉県出身。東京大学工学部建築学科を卒業後、世界的建築家・安藤忠雄氏の建築研究所で実務経験を積む。その後、米国コロンビア大学建築学部修士課程を修了し、ニューヨークの設計事務所「SHoP Architects」に勤務。2007年、蔡佳萱氏とともに建築設計事務所NOIZ(ノイズ)を設立。東京と台北を拠点に活動する。2016年には酒井康介がパートナーとして参画し、建築・インテリアから都市デザイン、デジタル領域まで横断的なプロジェクトを展開。2021年より東京大学生産技術研究所特任教授。教育・研究活動を通して、建築とデジタル技術の融合を探求している。
「体験のデザイン」を設計の中心に据える理由

設計において、豊田さんが最も大切にしている考え方を教えてください。
「僕が大切にしているのは、いわゆる形としてのデザインというよりも、『体験のデザイン』だと思っています。建築はどうしても物や形をつくる仕事だと捉えられがちですが、それだけではなくて、使ったり、考えたり、触れたりする中で、身体の中に残っていくイメージや体験、記憶のようなものの総体こそが重要だと感じています。
建物そのものだけでなく、イベントやデジタルデバイスなども含めて、そうした体験を間接的に、そして総合的につくっていくことが、僕にとってのデザインです」
建物そのものだけでなく、使うこと、考えること、触れることによって体の中に形成されるイメージや記憶まで含めて設計すること。その総体をどう間接的にデザインできるかが、設計の根本にあるようです。
日常の居場所から考える、心地よい空間
建築家として、日常的に心地よいと感じる場所はどのような空間でしょうか。
「仕事はカフェやバーですることが多いですね。完全に静かな場所よりも、周囲に人の動きやざわめきがある環境のほうが、むしろ集中できます。明るさや空気感が違ったり、現代的だったり少し古さを感じたりと、さまざまな選択肢があって、その日の気分に合わせて場所を切り替えられることが、結果的に集中力を高めてくれる。そうした“選べる環境”があることは、僕にとってとても大切だと思っています」
安藤忠雄建築研究所で学んだ、身体で覚える建築
キャリアの原点となる安藤忠雄建築研究所では、どのような経験をされたのでしょうか。
「大学を卒業して最初に入ったのが安藤事務所でした。コンクリートを使った、とてもストイックで現代的な建築をつくる事務所です。そこで、寸法や形が人の体験にどう結びつくのかを、徹底的に身体で覚えさせられました」
数字や図面が、実際の空間体験としてどのように立ち上がるのか。その感覚を身体レベルで叩き込まれた経験は、現在の設計思想の根幹にも強く影響しているように感じられます。
コロンビア大学で出会った「物をつくらない建築」
安藤忠雄建築研究所での経験を経て、コロンビア大学へ留学した豊田さん。現地では、どのような学びがあったのでしょうか。
「コロンビア大学は、安藤事務所とは本当に真逆の環境でした。当時はデジタル技術を使った建築教育の最先端で、図面を描かず、紙も使わない“ペーパーレススタジオ”を実践していたんです」
設計のすべてをコンピューターの中で完結させる手法は、当時の豊田さんにとって想像もつかない世界だったといいます。その経験を通して、建築は必ずしも物理的な構造物をつくらなくても価値を持ち得るという視点が育まれていきました。
SHoP Architectsで得た、実務としてのデジタル建築
その後、SHoP Architectsでの実務経験は、現在の活動にどのような影響を与えているのでしょうか。
「SHoP Architectsは、コロンビア大学の卒業生が立ち上げた事務所で、コンピュテーショナルデザインを実務の中で扱っていました。コンピューターを使って初めて可能になる設計やものづくりを、実際のプロジェクトを通して体験できたのは、とても大きな経験でしたね」
それまでに培ってきた建築観が一度解体され、異なる技術や考え方を柔軟に組み合わせていく姿勢が、この頃から自然と身についていったように感じられます。
東京と台北、二拠点で広がるNOIZの設計領域

NOIZでは、どのようなスタンスでプロジェクトに取り組んでいるのでしょうか。
「NOIZでは、デジタル技術を活用した小規模なインスタレーションから、大規模な商業施設や都市スケールのプロジェクトまで、領域を限定せずに幅広く取り組んでいます。
現在も、名古屋で進行中の商業施設「HAERA(ハエラ)」のインテリアをはじめ、高島屋のファサード改修、博多でのシェアオフィス計画など、複数のプロジェクトが同時に進行しています」
日本と台北の2拠点で活動されていますが、台北を拠点の一つに選んだ背景を教えてください。
「立ち上げ時のパートナーが台湾出身だったこともあり、自然な流れで日本と台北の二拠点体制になりました」
建築とデジタルが切り拓くこれから
豊田さんが一貫して向き合ってきたのは、建築を「形」や「物」として捉えるのではなく、人の身体や意識に残る体験として設計する姿勢。安藤忠雄建築研究所で培った身体感覚に根ざした空間理解、コロンビア大学やSHoP Architectsで得たデジタル技術による思考と実践。その両極を往復する経験が、NOIZにおける横断的な設計活動につながっているようです。