自然を最大限に生かす家──建築家・酒井一徳が奄美で実践する循環の暮らし

奄美大島を拠点に、住宅から公共建築まで幅広く手がける建築家・酒井一徳さん。自邸では太陽光と蓄電池のみで生活する“オフグリッド”を実践し、自然の力を最大限に活かした住環境づくりに挑戦しています。そんな酒井さんが日本を飛び出し、多国籍なプロジェクト経験を経て辿り着いたのは、「自然とともにある暮らし」への確かな手応えでした。今回は、酒井さんが大切にするデザイン観からお好きな空間、アメリカと日本の建築における教育の違いについて伺いました。

建築家・酒井一徳

1982年鹿児島県奄美大島生まれ。広島大学工学部第4類(環境土木)、ボストンとフロリダの大学院から建築を学び始める。2012年より株式会社酒井建築事務所に在籍。父親の誘いで奄美大島に戻り、現在は島を拠点としながら、小規模な住宅から大型の別荘、公共建築まで幅広いプロジェクトを手がける。自然を最大限に取り入れた設計思想を持ち、特に自邸では太陽光発電と蓄電のみでエネルギーを自給自足するオフグリッド住宅を実現。消滅可能性都市における持続可能な住環境の創出にも取り組んでいる。

自然を取り込むことで暮らしは豊かになる

Photo : Toshihisa Ishii

暮らしの中で大切にしているデザインとは何でしょうか。

「どれだけ自然を取り入れた環境をつくれるか、ということを最優先に考えています」

自然豊かな奄美大島のご出身であることも影響しているのでしょうか。

Photo : Toshihisa Ishii

「もちろんゼロではありませんが、それ以上に大きかったのが、日本の街を歩くと多くの人が“カーテンを閉め切って暮らしている”光景を何度も目にしてきたことです。せっかく風も光もあるのに、プライバシーや直射日光の問題で閉ざさざるを得ない。結果、風が抜けず暑いから冷房をつけ、暗いから日中でも照明をつける。自然を活かしきれない住環境に、ずっと“もったいなさ”を感じていました。

だからこそ、建築は“自然を最大限に取り入れられる器”であるべきだと考えるようになりました」

小さなサウナがもたらす豊かさ

Photo : Toshihisa Ishii

建築家として、好きな場所や空間はどういったところでしょうか。

「自宅のサウナですね。空間そのものも好きですが、そこから見える景色がいちばん気に入っています」

毎日入られているのですか?

「毎日入るつもりで作ったのですが、実際は週1〜2回ほどです(笑)」

サウナのサイズはどれくらいなのでしょうか。

「一畳ほどの小さな空間で、高さは1メートル60センチ。熱の対流を最も効率よくするために導き出した寸法です。ひとりはもちろん、3〜4名でも入れます。座ると庭と水風呂が目に入り、街中とは思えないほど緑に囲まれた景色が広がるんです。とても気持ちのいい場所です」

自然をとても大切にされているんですね。

Photo : Toshihisa Ishii

「はい。私たちは“地球の中に住まわせてもらっている”わけですから、その自然を最大限尊重できる空間や建物のあり方が重要だと感じています」

多様な文化の中で学んだ、建築の“幅”

酒井さんはアメリカの大学院で建築を学ばれましたが、日本や奄美との違いで印象的だった点はどういったところでしょうか。

「そもそも日本では建築を学んでいないので、違いに気づいたのは帰国後でした。アメリカでは学期ごとに教授が変わるんです。日本のように一つの研究室に属し続けるのとは違い、多様な価値観に触れながら自分の軸を育てていく環境でした。

また、私の大学院は特殊で、教授とともに世界各地のプロジェクトに参加するカリキュラムでした。中国、イタリアなどで暮らしながらプロジェクトを進めることで、異なる文化・環境・生活様式の中で“快適な建築とは何か”を体感的に学べたことは大きかったですね」

奄美に戻るきっかけは「父からの一本の電話」

アトリエ天工人を経て奄美に戻られたきっかけはどういったものだったのでしょうか。

「父が実家を建て直すからやってみないか、と誘ってくれたんです。最初はその仕事だけして東京に戻るつもりでしたが…気づけばずっと奄美にいる、そんな流れでした(笑)」

自然と循環に寄り添う建築

奄美という島の環境、世界各地での経験、そして自邸で実践するオフグリッドの暮らし。酒井さんの建築思想の中心には常に「自然とどう共生するか」という明確な軸があります。カーテンを閉め切る住まいではなく、風や光を“引き受けられる器”としての建築。多文化の中で育てた柔軟な視点と、島での暮らしで育まれた実感が重なり、彼の建築はより確かなものになっています。これからの時代に必要とされる“循環する住まい”の姿が、酒井さんの言葉と実践から見えてきます。