福岡・薬院にある革新的な鮨を体現できる鮨店「多㐂川」店主・川上勝久の暮らしとデザイン

デザイナー二俣公一を中心にインテリア・建築の設計を手がけるCASE REAL(ケース・リアル)が内装を担当した、福岡市中央区薬院に完成したわずか6坪弱の鮨店「多㐂川(たきがわ)」。対馬や五島灘といった九州の豊かな海で育った鮮魚が集まる地“福岡”で、伝統から外れずとも革新的な鮨を味わえ、まさに博多鮨の進化を体現する同店の店主、川上勝久さんに日常で大切にしているデザインやお店のこだわりなどを伺いました。

寿司職人・川上勝久

東京・築地市場の仲卸や福岡の和食屋を経て福岡の老舗寿司屋で修業を積み、2018年に「多㐂川」をオープン。伝統を守りつつ、食材や味わいなど他にはない革新的なアイディアで生み出される鮨が注目を集めています。

見た目の美しさより五感が心地よく感じられるものを大切にしたい

photo by Hiroshi Mizusaki

まずはじめに「日常生活の中で大切にしているデザイン」について伺いました。

「寿司職人は、手から手へ届ける仕事です。だからなのか、日常でも素材感や質感、視覚や臭覚といった感覚的なことに興味があります。見た目が良く作られたものより、感覚的に心地よく、自然なものに囲まれたいと思っています。あとは、自分の気に入っているものはアート作品などの眺めるようなものより、日常的に使用する消耗品が多いですね。好きな空間もその延長にあって、リビングにしても装飾はいらないけど、心地よい風が吹くとか、車に乗っててもカーブの先に海が見えるとか。かっこよくデザインされた空間や、絶景と呼ばれるような美しい風景も良いですが、日常の何気ないシーンに感動することが多いです。」

さすが、味覚を愉しませる鮨職人らしく、”五感”の琴線に触れた瞬間を大切にされているんですね。

デザインもさることながら人柄に惹かれて依頼した店舗設計

photo by Hiroshi Mizusaki

建築家、ケース・リアル代表のニ俣公一さんに店舗デザインを依頼されたということですが、どういった経緯でお願いされたのでしょうか。

「二俣さんはもともと知人と接点がある方でした。彼のこれまでのお仕事にお寿司屋さんの事例がなかったので、是非見てみたいと思ったんです。人柄に惹かれてお願いしました。」

なるほど。川上さんは世の中から既に評価されているものではなく、自分の感覚で選んでいらっしゃるようですね。

「もともとあるものに面白さがないように感じてしまうんです。私自身もこの仕事を始めたきっかけが全く違うところから来ているのもあるかもしれません。学生の頃からアパレル業界で働いていて、そのまま洋服店に就職しました。そこから縁あって鮨職人へとなりました。」

洋服屋さんからお寿司屋さんへ、まさに劇的な転身ですね。だからこそそういった”意外性”のあるものに惹かれるのかもしれませんね。

出店地に選んだのは理想の極小空間

photo by Hiroshi Mizusaki

出店地に選ばれた土地は、もともとクリーニング屋だった6坪の空間とお聞きしましたが、お店の出店地を選ぶときに重視した項目はどういったものでしょうか。

「理想の狭小空間ですね。建物を探してもなかなか見つからないことが多いですが、ちょうど見つかったんです。」

無駄がなく、使い手も訪れる側にも最適な空間構成

photo by Hiroshi Mizusaki

全国からも注目されている「多㐂川」ですが、ケース・リアルの二俣公一さんが設計された空間で仕事をするうえで気に入っている箇所はありますか。

「たくさんありますが、特に感じるのは全てが近いところにあって動きやすいこと、移動距離が短くて済むところですかね。他にも腰が疲れなかったりする作業台の高さや、お客様側から見た時に無駄な物が見えなかったりする目線の高さとか。カウンターの曲線も気に入っているポイントですね。」

photo by Hiroshi Mizusaki

店内は川上さんを中心とした劇場のような構成。鮨の味わいはもちろん、川上さんが鮨を握る姿も楽しめそうです。

料理のアイディアは、味覚以外から得る

料理のインスピレーションはどこから得るのでしょうか。

「料理以外のところからが多いですね。日常のなかで触れる形とか色とかその組み合わせとか。そこに素材を合わせていったり、洋服のバランスの取り方や、ワインのエチケットの並びとか色とか、レコードのジャケットとか。様々です。」

お店では馬肉を使ったお寿司も人気のようですが、どのような発想で生まれたのでしょうか。

「築地には全国から魚が入ってきますが、九州でいうマグロの赤身は何になるのか、考えてみたんです。そのときに馬肉が良いんじゃないかと思いまして。」

なるほど。見た目の艶のある美しさも旨味の強さも、マグロに負けず劣らずのポテンシャルがある九州ならではの食材かもしれません。他にも『これだけは食べてくれ!』というような自信の一皿は何ですか。

「空間を食べて欲しいですね。(笑)」

福岡と東京の違いとは

福岡と東京のお寿司の違いは何でしょうか。

「現代は福岡、東京の括りではなくなっていると思っています。全国のものがどこでも手に入る。だからこそ、その土地にあったものでやることが面白いと思います。強いていうと価格ですかね。」

お客様と作り手の”ちょうどいい関係性”があるのが理想の飲食店

photo by Hiroshi Mizusaki

「多㐂川」では日本酒に限らず自然派ワインも出されていたりと従来の慣習に縛られない鮨屋を作り出されていますが、川上さんが考える理想の飲食店とはどういったものでしょうか。

「お客様と作り手側がちょうどいい関係性、相互理解というような、気持ちよくなれる関係性が続くのが良いかなと思います。『一緒にいる空間っていいよね』とお互いに感じられる空間が理想のお店ですね。」

まさに、カウンターを挟んで川上さんとお客さんが楽しく談笑しているシーンが浮かびますね。

日々の暮らしはひとつのピース

photo by Hiroshi Mizusaki

福岡・薬院で伝統を守りつつ、新たな視点で革新的な鮨を提供する人気鮨店「多㐂川」を営む川上さん。そんな川上さんにとって「ライフイズ◯◯」の空欄にはどんな言葉が入るのでしょうか。

「暮らしはパズルのようだと考えています。今までやってきた経験と、これから経験することがジグゾーパズルの途中だと思うんです。これが60歳になるあたりにちょうど良くなればいいなと思っています。」

アパレルから鮨の世界へ飛び込んだ川上さん。既存の枠にとらわれる事なく、常に新しい試みを続ける川上さんらしい、今後が楽しみになるようなお話でした。