建築家・五十嵐理人が自邸で実践する「暮らしを建築に合わせる」設計の探求

前編:存在感と余白が共存する建築をつくる――五十嵐理人が語る“暮らしに馴染むデザイン”

清水建設、建築家・谷尻誠が率いるSUPPOSE DESIGN OFFICEでの経験を経て、2020年よりIGArchitectsを主宰する建築家・五十嵐理人。住宅やカフェを中心に、機能性と美を調和させながら、使う人自身が居場所や使い方を発見できる建築を追求しています。今回は自邸へのこだわりや環境が設計に与える影響について伺いました。

暮らしを建築に合わせるという発想

2023年に完成した自邸「家の躯体」は大きな話題を呼び、テレビや雑誌など多数のメディアで紹介されました。自邸では、クライアントワークではできないような実験的なことにも挑戦されているのでしょうか。

「僕の中では“自邸だから特別に実験している”という意識はあまりないんです。ただ、クライアントワークと違って、細かい要望がない分、純粋に自分たちがいいと思う空間を生活に合わせてつくることができたんです。結果的にそれは、建築を暮らしに合わせるのではなく、暮らしを建築に合わせるという、普通の家づくりのプロセスと逆のつくりかたになりました。そういう意味ではチャレンジになっていたかもしれません」

自邸だからこそできた新しい視点ですね。

自邸を建てたからこそ得られた気づき

建築家の方は「3軒建ててやっと納得できる」と聞きますが、最初から満足のいく家になったのでしょうか。

「もう一度建てたいと思いますね。やりきれなかった部分があったということもありますが、自分たち夫婦がこの先どういう風に暮らしたいかを考えたり、お互いの価値観をすり合わせたりと、いえづくりのプロセス自体が家族にとって楽しかったので」

建てる過程そのものが価値ある体験になったのですね。

「自分がクライアントになることの体験は大きかったですね。家づくりの中でどこに不安を感じるのかを設計者と住まい手、両方の立場から実感できました。建築家に頼む家づくりは時間もお金もかかって大変だと思われがちですが、その過程自体が“これからどう暮らしたいか”を考える機会になる。だからこそ楽しくて、意味あるものだと身をもって体験できたと思います」

家づくりを“未来の暮らしを考える装置”として捉えられているのが印象的です。

日本各地で学ぶ、土地と文化の力

五十嵐さんは東京に限らず地方や離島など、異なる環境で設計される際に気づいたことはありますか?

「日本という小さな国でも本当に多様な文化や環境があります。そこに触れること自体が楽しみであり、設計のエネルギーになるんです。まだ設計していない地域や海外でも、いずれ挑戦してみたいと思っています」

土地そのものからインスピレーションを受けるんですね。

「現地を訪れて土地の空気を感じるだけじゃなく、その土地の食べ物をいただいたり、クライアントさんや施工者さんに案内してもらったりします。そうすると『こんなにいいところなんです』と地元の方が誇りを持って伝えてくださる。その体験を自分の体に落とし込みながら設計しています」

“地域に寄り添う建築”が言葉だけでなく、実体験として形になっているのですね。

人生は建築そのもの

機能性とデザイン性を調和させながら、暮らす人自身が住まい方を発見できる、余白のある空間を多く生み出している五十嵐さん。そんな五十嵐さんにとってライフイズ〇〇の〇〇に入るものは何でしょうか。

「ライフイズ”アーキテクチャー”です。僕は建築をつくるのも見るのも本当に好きで、Instagramに上げる写真も建築ばかり。僕から建築を取ったら何も残らないくらい、建築がアイデンティティなんです」

子どもの頃からずっと建築に夢中だったんですね。

「そうなんです。小さい頃からブロックで家や街をつくって遊んでいて、“これは自分に向いている”と自然に感じていました。そのまま今に至る感じです」

建築への純粋な情熱が、一貫して今の活動につながっていることが伝わります。

暮らしと建築が重なり合う場所から

五十嵐さんが語る「暮らしを建築に合わせる」という視点は、自邸を建てたからこそ得られた実感でした。土地の文化や人との関わりから生まれる設計姿勢、そして「ライフイズアーキテクチャー」という信念。そのすべてが、建築を単なる住まいではなく“人生そのものを映し出す存在”へと高めています。