トーマス・ヘザーウィックが手掛けたハドソン川に浮かぶ人口島「リトル・アイランド(Little Island)」

ニューヨークの象徴的な風景であるハドソン川の水面に、まるで巨大な植物の群生が浮かんでいるかのような不思議な公園があります。それが、国際的に著名な建築家トーマス・ヘザーウィック率いるスタジオが設計した、リトル・アイランド(Little Island)です。この水上公園は、桟橋を支える132本のコンクリートの「チューリップ」によって成り立っている、建築技術と景観デザインの革新的なランドスケープです。リトル・アイランドは、環境的な課題と都市の公共空間のニーズに応えるべく、ニューヨークの新たな文化とレジャーのランドマークとして誕生しました。

54メートルの「チューリップ」が支える、革新的な水上構造

ニューヨークの西側、ハドソン川の水面に突如として現れたリトル・アイランド(Little Island)は、桟橋(ピア)の常識を根底から覆す、革新的なランドマークです。この公園は、単なる平坦なデッキではなく、まるで水面に浮かぶ起伏のある地形であり、その全体がトーマス・ヘザーウィックのデザインスタジオによる大胆なアイデアによって実現しました。

リトル・アイランドの最も特徴的な構造は、建物を下から支える132本の巨大なコンクリート製柱、通称「チューリップ」です。これらの柱は、川底から伸び上がり、上部で広がるキノコのような形状をしています。最も長い柱は水面下54メートルにも達し、強固な基礎として公園全体を支えています。

ヘザーウィックは、既存のピア55の老朽化した杭の跡地に、「波打つ」ような自然な景観を創り出すことを目指しました。そのため、132本の「チューリップ」は、それぞれ高さや大きさがすべて異なり、その上に載せられた公園のデッキに意図的な高低差を生み出しています。

この構造は、ハドソン川の生態系を保護し、水生生物の生息地としての機能も考慮されています。特に、水中に伸びる柱は、その形状と配置によって、川の流れを妨げずに魚や貝類が棲みやすい環境を提供しています。

既存の人工的なコンクリートの埠頭を解体し、自然と共生する新しい構造物へと置き換えるという、技術的な挑戦と環境への配慮が融合した、稀有なプロジェクトと言えるでしょう。この革新的な水上構造こそが、リトル・アイランドを「空飛ぶカーペット」のような浮遊感のある公園たらしめているのです。

都会の喧騒を忘れる「浮遊する自然」多様な生態系と景観

リトル・アイランドは、コンクリートと鉄骨の摩天楼が林立するマンハッタンにおいて、都会の喧騒から隔絶された「浮遊する自然」を提供しています。公園の敷地面積はわずか約1ヘクタールですが、その中に凝縮された植栽計画は非常に緻密です。

公園内には、35種以上の樹木、65種以上の低木、そして270種以上の多年草や球根など、合計約350種もの多様な花木や植物が植えられています。この多様な植栽は、島の起伏に富んだ地形を利用して、場所ごとに異なる景観と「気候」を生み出しています。

例えば、島の最高地点は水面から約20メートルの高さにあり、そこからはハドソン川の雄大な景色や、遠くに見えるニューヨークのスカイラインを360度見渡すことができます。一方、低い場所や内側の小道は、深い緑に囲まれ、まるで秘密の庭園に迷い込んだかのような静寂を提供しています。

また、リトル・アイランドは、マンハッタン側の公園「ハドソン・リバー・パーク」と橋で繋がっているにもかかわらず、水上に位置しているため、訪れる人々に独特の「旅」の感覚を与えます。この視覚的な遮断と地形の操作によって、マンハッタンに居ながらにして、日常を忘れさせる特別な景観体験を創出しているのです。

公園の設計者は、この場所を「五感を刺激する」場所と表現しており、一年を通して変化する花の色、風の音、川の匂いなど、都市生活では失われがちな自然との触れ合いを提供しています。リトル・アイランドは、ニューヨーク市民にとって、文字通り水面に浮かぶオアシスとしての役割を果たしているのです。

公共性とエンターテイメントの融合、市民に開かれた水上の劇場

リトル・アイランドは、単に美しい景観を提供する公園に留まらず、文化とエンターテイメントが融合した公共空間として設計されています。公園の主要な施設として、800人収容可能な円形劇場(The Amph)と、小規模なパフォーマンスに適したスペース「The Glade」があります。

これらの施設では、コンサート、ダンス公演、演劇、教育プログラムなど、多岐にわたる文化イベントが開催され、市民の芸術体験を豊かにしています。特に円形劇場は、ハドソン川とニュージャージー州の景色を背景にした壮大なロケーションにあり、観客に特別な体験を提供します。公園の利用は基本的に無料であり、ニューヨークの誰もが質の高い文化にアクセスできる「市民に開かれた水上の劇場」としての役割を担っています。

また、公演スペース以外にも、フードキオスクを備えた中央広場(The Play Ground)や、日光浴やピクニックに適した広大な芝生エリア(The Lawn)など、多様な利用シーンに対応するエリアが設けられています。これらのエリアは、訪問者が思い思いの時間を過ごし、偶発的な交流を生み出すための余白として機能しています。リトル・アイランドのプロジェクトは、資金提供者や設計者、そしてニューヨーク市が一体となって、公共の利益のために実現したものであり、その結果、アート、文化、レジャーが融合した、都市の新たな交流の場が誕生しました。この「浮かぶ公園」は、技術革新だけでなく、社会に対する豊かなビジョンを体現した、現代の都市公園の最高傑作と言えるでしょう。

公共空間のあり方を問いかける「リトル・アイランド」

トーマス・ヘザーウィックがハドソン川に創り上げた「リトル・アイランド」は、現代の都市公園に対する一つの答えを示しています。それは、技術的な大胆さと自然への敬意、そして開かれた公共性の三要素が見事に調和した空間です。高さの異なるチューリップ型の柱が織りなす構造美は、公園の景観をドラマチックに演出し、内部の多様な植生は、都会の真ん中にいながらにして自然との深いつながりを取り戻させてくれます。さらに、水上の円形劇場が提供するアートと文化の場は、この島を真の意味で「市民の庭」として機能させています。リトル・アイランドは、単なる観光スポットではなく、都市の再開発とサステナビリティ、そして公共空間のあり方を問いかける、生きた教材です。ニューヨークを訪れた際は、ぜひこのハドソン川に浮かぶ未来の島に立ち寄り、その革新的なデザインと、そこから生まれる自由な空気を体感してみてください。

リトル・アイランド – Little Island

開館時間:6:00~23:00
URL:https://littleisland.org/
住所:Little Island, Pier 55 at Hudson River Park, Hudson River Greenway, New York, NY 10014 USA