大阪・関西万博のシンボル「大屋根リング」ー藤本壮介が描く“多様性と調和”の建築ビジョン

2025年4月13日から10月13日まで、大阪・夢洲で開催される「大阪・関西万博」。その中央に位置し、来場者を出迎えるのが、建築家・藤本壮介が設計した象徴的建築「大屋根リング」です。直径約675メートル、周囲約2キロメートルに及ぶ環状の木造建築は、約6万1千平方メートルという巨大な建築面積を誇り、高さは最大で20メートル。木造建築としては世界最大級の規模であり、2024年12月には「世界最大の木造屋根建築物」としてギネス世界記録に認定されました。

「多様でありながら、ひとつ」を建築で体現する空間構成

「大屋根リング」は、万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」を象徴する建築物です。藤本が語る「多様でありながら、ひとつ」の理念のもと、リングは会場全体をひとつに結び、来場者の回遊を導く建築的フレームとして機能します。リング内部に配された国際パビリオン群を緩やかにつなぐ役割を担います。設計にあたって藤本は、「世界が分断の時代を迎えている今だからこそ、このリングが世界の人々を“つなぐ”象徴になれば」と語っており、建築に思想的メッセージを託しています。

伝統木構造と先端技術の融合

建築の最大の特長は、伝統的な木造技術をベースに、現代の構造設計・防耐火技術を融合させた点にあります。構造体には、CLT(直交集成板)やLVL(単板積層材)といった高強度の木質材料が用いられ、巨大スパンを持つ屋根架構を可能にしています。木材使用量は約1万2000立方メートル。うち約70%は国産材(スギ・ヒノキ)で、国内外の木材供給網を駆使して集められました。

屋根の骨格は、円環状に配置された約60本の大断面集成材柱と梁が支えるトラス構造となっており、屋根の耐風・耐震性能を確保するために高度な構造解析が施されています。防火対策としては、表面炭化処理、耐火被覆材の使用など、最新の準耐火木構造技術が導入されています。

施工体制と環境への配慮

建設は、大林組・竹中工務店・鹿島建設のJV(共同企業体)が担当。大規模な木構造の建設にあたっては、3Dモデルを活用したBIM(Building Information Modeling)設計支援やCIM(Construction Information Modeling)による施工シミュレーションが行われ、数千点に及ぶ木構部材が工場でプレカット・ユニット化された上で現場に搬入され、現地で組み上げられました。

屋上には、芝生を敷いた「リングテラス」が設けられ、瀬戸内海や夕陽を望む展望空間が来場者の憩いの場となります。

また、屋根の下部は、日射や雨を遮る開放的なピロティ空間として設計され、自然換気と照度を確保しながら、快適な環境を実現。環境負荷の低減と利用者体験の両立を図るサステナブル・デザインの好例となっています。

日本の森林資源の未来を見据えて

「大屋根リング」で使用されている国産木材の大半は、各地の森林から適切に伐採・乾燥された材料です。藤本氏は「この建築が、日本の林業の未来に貢献し、木を使う文化が広がるきっかけになってほしい」と語ります。大量の木材調達により、素材供給のネットワーク構築や、流通の再編にも寄与しているのです。

また、使用後の木材の再利用計画も検討されており、仮設建築である万博の施設が、資源循環型建築のプロトタイプとして、今後のまちづくりや都市計画にヒントを与える存在となることが期待されます。

建築が生む「つながり」と未来への希望

「大屋根リング」は、単なる巨大な建築物ではありません。世界中から集まった人々がこのリングの下で交差し、共に時間を過ごすことで、「建築が人と人をつなぐ力」を体現しています。国境や文化、言語の違いを越えて、誰もが同じ空間を共有する。その経験が、「多様性と調和」という万博のテーマを、頭で理解するだけでなく、身体で感じ取るきっかけとなるのです。

藤本はこの建築について、「未来の社会がどうあるべきか、私たちがどうつながり、共に生きるかを問いかける場になってほしい」と語っています。訪れる人が歩き、眺め、立ち止まることで、建築そのものが対話の場となり、未来への思考を促す場となる——それが「大屋根リング」のもう一つの役割です。

建築で問いかける、いのちと未来のかたち

「大屋根リング」は、空間のデザイン、構造技術、環境配慮、そして思想性のすべてにおいて、建築が社会や未来にできることを問い直す象徴的な存在です。仮設的な万博の建築でありながら、その構想は一時的な展示を超えて、今後の都市や建築の在り方に大きな影響を与える可能性を秘めています。