詩人としても知られ、若くして亡くなった立原道造が構想した小さな別荘「ヒアシンスハウス」

昭和初期に活躍し、24歳で急逝した詩人・立原道造。立原道造は詩人としてよく知られ、たくさんの方々に愛されてきました。しかしそんな彼が職業として目指していたのは、建築家だったのです。その実力は、東京帝国大学(現:東京大学)の設計課題で3年連続で最優秀である辰野賞を受賞するほど。一年後輩である日本を代表する建築家となった丹下健三の憧れの存在でもありました。

若くして亡くなったため、立原道造の建築作品は見ることができないのですが、唯一、さいたま市の別所沼公園に、彼が夢に見た自分のための別荘「ヒアシンス・ハウス」を拝見することができます。

小さな別荘「ヒアシンスハウス」

さいたま市の別所沼公園にポツンと佇む、5坪ほどの小さな別荘「ヒアシンスハウス」。

立原道造自身が実際にこの別荘で過ごす事はなかったのですが、彼の設計図、スケッチを基に、2003年に「詩人の夢の継承事業」として、さいたま市や立原を慕う人々の厚意により、「ヒアシンスハウス」が実現しました。

彼が残した簡単なスケッチを実現するためには、たくさんの建築家の協力があったそうです。

片流れのシンプルな屋根で、大きな窓のある方が高くなっています。

敷地の入り口には、玄関にむかって、飛び石が配置されています。飛び石を歩いていくと、石のブロックに突き当たり、小さな3段のステップが配置されています。

こじんまりとした室内

ヒアシンスハウスは、床面積15m2のワンルームの作りとなっています。横にスラッと伸びた長方形で、腰を掛けられるベンチ、顔を上げると外の景色がよく見える机、そしてベットが一列に並んでいます。

住宅の中にあるのは、ベッド、書斎、イス・テーブル、クローゼット、トイレだけで、キッチン、洗面設備はありません。

デスクと椅子、そして奥に見えるのがベッドです。

立原道造は、このデスクと椅子に座りながら、詩の構想を練っていたかったのかもしれないと感じられます。

ベッドの上と、腰掛けベンチの上には、本棚があります。

ずらっと並べられた本たちは、ふとした時や、眠る前に本を読む生活を想像させてくれます。

横に長く、木々の温もりを感じられることができる机。

顔を見上げれば外の景色を楽しむことができ、この机と椅子に座り、存分に読み書きを謳歌できそうです。

背もたれが十字にくり抜かれている椅子。この椅子はスケッチにも残されている、立原道造自身の設計によるものです。

雨戸とおそろいでくり抜かれている椅子の背もたれの十字型は、ヒアシンスの花をかたどっているそうです。

立原道造がこだわった数々の窓たち

ヒアシンスハウスには、立原道造がこだわっていた窓があちこちにあります。

こちらは天井いっぱいまで開いた窓。出隅に一本の柱が立っており、解放感をたっぷり感じることができます。

モスグリーンの窓は、室内のアクセントになりつつ、オシャレで軽やか。

外に広がる木の葉の緑と、ゆるやかにつながっていくような色づかいと感じられ、木々の壁とも非常にマッチしています。

雨戸には、十字の切り抜きがあり、そこから自然光が室内へと差し込んでいます。雨戸を開けると、周囲の自然と共存するような空間となるのです。

室内には、立原道造の写真も飾られています。

建築家としての作品はほぼ建てられていないものの、この「ヒアシンスハウス」は、小さな空間ながらも彼の夢とこだわりがたくさん詰まっていることを感じられます。

自然と共存した住まい

玄関がある正面と反対側となる外観。やはり反対側も、周囲の木々とスッと溶け込んでおり自然と共存した住まいとなっています。

また、ヒアシンスハウスがある別所沼公園周辺には、紅葉やサクラなど季節ごとの変化を楽しめることができるのです。

「ワンルーム」といえば狭く、なんとなく窮屈なイメージが湧きがちですが、たくさんのスケッチを書いたというこの立原道造の設計は無駄がなく、必要なものがギュッとスペースに納まっていることを感じられます。自然いっぱいの場所の中で、訪れる人に「自分にとって本当に必要なものは、何なのか」と改めて考えさせてくれることでしょう。

ヒアシンスハウス

住所:埼玉県さいたま市南区別所4丁目12−10
開室日:水曜、土曜、日曜、祝日
開室時間:10:00~15:00
URL:http://haus-hyazinth.org/page01-haushyazinth.htm