人とまちを育む”出会い”を生み出す空間。建築家 西澤徹夫、浅子佳英・森純平のチームによる「八戸市美術館」

近年、青森県が現代アートに力を入れていることをご存知ですか。縄文遺跡、津軽三味線など、土俗的文化のイメージが強い青森県。実際に県立美術館が設立されたのは2006年と、アートに対しては後進的でした。しかし、県立美術館に先立って2001年に設けられたアーティスト・イン・レジデンス「国際芸術センター青森」を筆頭に、2008年に「十和田美術館」、2020年に「弘前美術館」、そして2021年に「八戸市美術館」がオープンし、現代アートを醸成する環境が整いつつあります。そんなユニークな背景を持つ青森県に新たにできた「八戸市美術館」は、1986年に開館し、老朽化などを理由に2017年に閉館。2021年に全面建て替えを経てリニューアルオープンされました。設計を手掛けたのはプロポーザルで選定された、建築家 西澤徹夫と浅子佳英・森純平のチーム。建築家・青木淳との共同設計による「京都市京セラ美術館」など多くの美術館やアート空間を手掛ける西澤の知見と、これからの美術館に求められる期待が込められた建築です。

市の中心地に建つ2種類の空間で構成された美術館

美術館は八戸市の中心市街地に位置し、周辺には文化観光拠点である「八戸ポータルミュージアム はっち」、森本千絵プロデュースの多目的広場「マチニワ」、ブックコーディネーターの内沼晋太郎がディレクションを務めた市営書店「八戸ブックセンター」といった文化施設や、「みろく横丁」をはじめとする個性的な飲食店街が並びます。

地上3階建ての建築は、主に2種類の空間によって構成されています。

用途を規定されない巨大空間「ジャイアントルーム」

1つ目はエントランスを入ってすぐ目の前に位置する、約17mの天井高を持つ「ジャイアントルーム」。

キールトラスのハイサイドライトから採光しており、開放感のある空間です。

800㎡もの広さの「ジャイアントルーム」は、それぞれの展示室をつなぐハブのような役割を果たしています。

カーテンと4台の移動によって大空間を分割できるため、9mの高さに設置されたワイヤーでアート作品を吊り下げたり、可動式の棚やカーテンで小部屋や天蓋のような場所を設けたりと、活動に合わせてレイアウトを変えることができ、さまざまな用途での活用が可能なフレキシブルな空間です。

また、テーブル、ワークショップツールボックスなどの全て可動。

家具や展示に使用する備品等を収納できる移動収納棚の扉はホワイトボードとなっており、様々な視点で機能性を追求しています。

多様なプログラムに応対する異なる機能に特化した「個室群」

「ジャイアントルーム」に対して、こちらも特徴的なのが異なる機能に特化した「個室群」。これは、「多様なプログラムに対応できる複数の部屋で展示空間を構成できないか」といった浅子の視点から生み出されたアイディア。

例えば、黒い壁でできた「ブラックキューブ」は、映像作品の映写に適した暗い個室。光に弱い日本画の展示も想定している「コレクションラボ」では、照度を落とした際も美しく見えるよう、白ではなくグレーの部屋となっています。

また、主に市民の展示を行う「ギャラリー」では、収納スペース、コストの削減の観点から回転壁を採用。専門のスタッフがいなくても展示の入れ替えが容易になるなど、アートと市民との距離も近づきます。

アートと鑑賞者、人と人との交流を促すレイアウト

これらの「個室群」はジャイアントルームから直接入る導線とは別に、「個室群」同士を数珠繋ぎのように連結させた動線も設けてあり、展示や活動に合わせて、さまざまなルートが設定できるようにレイアウトされています。2つの空間は相互に補完し合いながら、アーティスト、鑑賞者、そしてその土地に住まう市民がそれぞれに影響し合うのです。

学びをシェアする「ラーニング」という概念

これら機能に特化した「個室群」と、それらを結びつける動線かつ横断的な活動も柔軟に受け入れる「ジャイアントルーム」という構成は、従来の美術館機能に加え、アートセンター、エデュケーションセンターの機能も望まれた「八戸市美術館」に対して、西澤が提案した「ラーニング」という概念が核にあります。

ただアート作品を鑑賞するのみならず、「個人の歴史や日常を掘り下げていく場」として、八戸の民俗・風俗文化や所蔵品などの文化資源と、プロジェクトベースの活動を結びつけながら、人々が学びをシェアする空間としての美術館が目指されているのです。

出会いが生み出す新たな価値が魅力の空間

「八戸市美術館」は、展覧会のみならず市民が参加できるワークショップやイベントなどのプロジェクトを提供することで、インプットのみならず、アートを通して人と人が出会い、学び、新たな価値を見出す「こと」を生み出す場としても機能しています。入れ替わるアート作品、作家、鑑賞者によって常に変化し、アップデートを続けるアクティブな美術館となりそうです。

八戸市美術館

所在地:青森県八戸市大字番町10-4
開館時間:10:00〜19:00
休館日:火曜(祝日の場合はその翌日)、年末年始
TEL:0178-45-8338
Web:https://hachinohe-art-museum.jp/
アクセス : JR東北新幹線で「東京駅」から約3時間、「新青森駅」から約30分、「八戸駅」下車。「八戸駅」からJR八戸線で約10分、「本八戸駅」下車。徒歩約10分。