変化の時代でも普遍的な豊かさが感じられる住まい。建築家・谷尻誠の自邸「HOUSE T」

インテリアから住宅、商業空間、会場構成、複合施設、ランドスケープ、プロダクト、アートのインスタレーションなど多種多様なプロジェクトを国内外で手がける建築家・谷尻誠が自ら設計し、2020年に完成した自邸には、既成概念に囚われない発想や、自身の考える“豊かさ”が詰まっていました。

洞窟のようなほの暗さが心地よいリビングや、室内外にそれぞれ設けられたバスルームなど、自身の原風景や人間本来の感覚を大事にした住まいは、これからの住宅づくりのスタンダードになるかもしれません。

洞窟のようなほの暗さが落ち着くリビング

写真:矢野紀行

洞窟のような、あるいは教会やお寺のお堂のような空間をイメージしたというリビング。窓はなく、照明はスポットライトが数個のみ。反対側にあるダイニングの開口部からの光が唯一の明かりです。

空間を囲む縦のラインが印象的な型枠コンクリート壁も心地よさを追求したもの。コンクリートが持つスタイリッシュな印象と縦縞デザインによる素材の質感や陰影から生まれる林立する森のような安らぎの両方を表現しています。

造り付けのソファやSUPPOSE DESIGN OFFICEでデザインしたリビングテーブル、ピエール・ジャンヌレが作ったビンテージのアームチェアなど、全ての家具を低く抑えたのも壁面を生かすための工夫。材質から家具まで、細やかなこだわりによって落ち着いた心地の良い時間が流れる空間となっています。

機能性もデザインも完璧なカウンターキッチン

機能性もデザインも完璧なカウンターキッチン
写真:矢野紀行

玄関を開けるとまず飛び込んでくる長さ5.5mの広大なキッチンカウンター。壁付けとアイランドの2列のカウンターが並ぶダイニングは、来客全員の目に入る、いわゆる“家の顔”であるからこそ見た目の美しさを追求し、素材、ディティール、収納まで気を使ったそう。空間を邪魔しがちな換気扇はカウンターに格納。カウンター下の扉材は手作業で木目を浮かび上がらせる“うづくり仕上げ”にするなど、細部に至るまで妥協の無い空間となっています。

写真:矢野紀行

床材は床が分断されると狭く見えることに加え、目地の段差で怪我をしないようにといった安全性、水周りだからこそ汚れにくくしたいという機能性から、リビングなどと同様のスレート石を使用。一つ一つの建材の選定にも合理的な理由があるのです。

季節や時間で移り変わる心地よさを味わえる2つのダイニング

写真:矢野紀行

「外の空気を感じながらご飯を食べる家にしたかった」と言う谷尻氏の希望から、道路に面した北側にテラスを作り、それと接するエリアをダイニングに。それぞれの空間に大きなテーブルを配置することでインドアとアウトドア2つのダイニングを行ったり来たりと用途や気分によって選ぶことができます。

2つのダイニングの繋がりはデザイン面にも反映されています。テラス内部の外壁と室内の壁には同じ型枠コンクリートを使用。室内の床には大小の石タイルをバラバラに割り付けることで屋外のような雰囲気に。屋外の床は表情のある墨色のモルタルを左官仕上げにして用いることで、それぞれとの連続性を持たせ、部屋としての一体感を実現しています。

すっきりとまとめられたホテルライクなプライベート空間

写真:矢野紀行

洗面室、室内バスルーム、トイレ、クローゼットはひとつながりの空間。生活動線から見える半オープン空間のため、カウンター下に収納をたっぷりと取り、洗濯乾燥機はビルトイン。壁には収納やボトルホルダーを造り付け、カウンターに物が出ないようになっています。

ホテルを手本に設計したという水周り〜寝室の通路を兼ねたウォークインクローゼット。壁面にクローゼットを作りつけたスペースをそのまま通路として使用。衣類を見渡せるうえ、アイロンをかけた衣類をすぐしまえることもメリット。クローゼットの引き戸はガラスにすることで中が見やすく、空間が写り込んで広く感じられます。

バスルームは室内と室外の2個。室内のバスルームは壁、床、バスタブに黒くマットなタイル、天井に亜鉛メッキ鋼板を選び、落ち着いた雰囲気とカッコ良さを両立。扉のハンドルやボトルホルダーなどは、壁面の黒いタイルに溶け込むヴィンテージ色にすることで全体をすっきりと見せています。

写真:矢野紀行

家の北側に位置するテラスの一角、アウトドアダイニングの向かいにあるアウトドアバスは、いわばコンクリート壁に囲まれた露天風呂。夜には壁面のほのかな照明だけで入るのも素敵な空間です。

低めの天井がもたらす心地良さが魅力のベッドルーム

ベッドルーム
写真:矢野紀行

小さな箱にこもるようなスケール感を意図したという寝室。天井高は190cmと低く抑えられているため、リビングへ出た時のギャップも面白い。書棚と机は造り付けにし、棚板は厚めにデザイン。等間隔に並ぶ天井の梁がそのまま繋がっているような気持ち良さが感じられます。

本質的な空間を支えるきめ細やかな設計

写真:矢野紀行

ほの暗いリビングに劇場のような迫力のあるカウンターが印象的なキッチンなど、各部屋は既成概念に囚われないオリジナリティ溢れる自由で心地よく過ごせる空間となっています。

他にも、この住宅には多くの住宅設計を行ってきた谷尻氏だからこそ提案できる、住まう人が心地よく過ごせる工夫や生活を豊かにするアイディアが散りばめられています。

目線が緩やかに合うような高低差

写真:矢野紀行

リビングでくつろぐ人、ダイニングに座っている人、キッチンに立って料理する人。それぞれの目線が緩やかに合うように、床のレベルに3段階の高低差がつけられています。

床に直接座ることがあるリビングを一番高く、椅子に座るダイニングはそれより30cm低く設定。キッチンはダイニングからさらに20cm低いためリビングとの差は50cm。生まれた段差部分は収納となっています。また、全体的に照度が低い空間のため、段差部分には間接照明を設置しています。

広い空間と小さな空間を回遊できる生活動線

リビング、キッチン、ダイニングの広い空間と、寝室や水周りといったプライベートな空間を回遊できるように設定。広い空間と小さな空間を歩き回れるようにすることで、空間同士の繋がりができ、人の気持ちや視界にもメリハリが生まれます。動線上に行き止まりがないため人の流れや空気もよどみません。玄関からバスルームや洗面を抜けて寝室へと繋がる回遊動線は、家族全員のクローゼットとしても活用されています。

変化が求められる時代でも変わらない豊かさが感じられる住空間

リビング、ダイニング、キッチンといった家族が過ごす時間が長い空間をはじめ、バスルームや寝室の隅々まで自身のこだわりが反映された谷尻誠の自邸。

見た目の美しさはもちろん、収納や導線などの機能面、アイレベルや建材の素材感がもたらす心地よさまで、多角的な視点で考え抜かれた空間は、常に変化が求められる世の中でも普遍的な豊かな暮らしを楽しめそうです。