90年以上を経て、いまだモダンな機能美を誇るシステムキッチンの母「フランクフルト・キッチン」。
「フランクフルト・キッチン」に見る、美しいキッチン作り。
システムキッチン”が、実はドイツ生まれだと、ご存知だろうか?
使いやすさやはもちろん、空間の中での動きやすさ、そこに住む人の暮らし方までを反映させて生み出したグッドデザイン。
西ドイツ、フランクフルトに、その “システムキッチンの母”ーその名も「フランクフルト・キッチン」ーをいまも使っている家がある。
バウハウスにも影響を受けた、エルンスト・マイの新しい町づくり
白いブロックのような建物が軒を並べる「エルンスト・マイ集合住宅」。1925年から30年にかけて市内の集合住宅計画を担当し、「新フランクフルト」を作り上げるために尽力した建築家、エルンスト・マイ。彼の名前を冠した住宅群の一角に、その「フランクフルト・キッチン」はある。
当時、住宅難と貧困問題を抱えていたこの町のために、マイが作ろうとしたのは、低所得者層向けの公営社会住宅。小さくても、個々にキッチンとバス、庭がついた安価で使いやすい集合住宅だった。
家事を合理化する、画期的なキッチンデザイン
マイが、新しい町づくりのためにと白羽の矢を立てたのが、当時、ウィーンで、アドルフ・ロースのオフィスで働いていた建築家、マルガレーテ・シュッテ=リホツキー。ウィーン応用美術大学の建築学科初の女子学生として学んだシュッテ=リホツキーは、1920年代から家の中での女性の働き方、女性のための空間作りに取り組んでいた。
1926年にフランクフルトにやってきた彼女は、既存のものとは全く異なる、家事負担を軽減する、画期的なデザインの「フランクフルト・キッチン」を生み出し、女性の生き方までもを変えてしまったのだ。
まずシュッテ=リホツキーが行ったのは、女性たちの家事の時間や作業時間を計測すること。動線を考えたキッチンデザインで家事を合理化すれば、女性たちに自由な時間、外に働きに行く時間が生まれるー それが彼女の願いだった。
収納スペースもたっぷり、機能性を追求して生まれた機能美
効率を考えて設計された家具や水回り、収納、洗練されたディテールと色合い。装飾を排したミニマルなデザインでありながら、三角形の引き出しのつまみや、持ちやすい丸みを付けた取っ手など、こだわって作られている。
シンクの横には引き出せる作業台を設置。食材を入れる軽いアルミ製の引き出しには注ぎ口と目盛りがあり、そのまま計量カップになる。アイロン台は壁に収納。そうして実現した「新時代の台所」は、奥行き約3,44m、幅は約1,87m、広さは約6,5m2で、当時の一般的なキッチンの約2分の1の広さだった。
テラコッタのタイルは床掃除も簡単。家具が傷まない工夫は作り付けならでは。
また、フランクフルト・キッチンのすごさは、 90年以上経った現代でも使いやすいこと。
「エルンスト・マイ集合住宅では、家庭菜園を利用しやすいようにキッチンから庭に出るドアを作っています。犬や子どもも庭から入ってくるので水拭きが日課ですが、床がタイルなので簡単。しかも水拭きの際に濡れて傷まないように、収納棚は床上10cmのところまでタイル貼りにしてあったりと、細部まで工夫されているんですよ」とここに暮らす住民は言う。
黄色い壁に映える、緑がかった深い青はインテリアのアクセントにも。これはこの「フランクフルト・キッチン」が作られた1928年当時の色だ。
21世紀のフランクフルト・キッチンは、家族のために、少しだけ広く。
しかし、ひとつだけ問題がある。このキッチンは1920年当時の事情を反映して、主婦が1人で台所に立つことを想定した設計なのだ。そこで、壁の厚さを生かして作業スペースを深めに改装。オリジナルのキッチンと同じ黒いリノリウムをワークトップに張り、統一感を出した。この広さがあれば、よく使う道具は外に置くことができる。
ダイニングとつながってはいるが、完全なオープンキッチンではないところもポイント。壁をくり抜く際に、ワークトップより少し高い場所をポイントとし、目隠しを作っているため、キッチンを片付けていなくても気にならない。
水切り台は、取り外し可能でスライド式。
庭から入って来て、子どもたちはキッチンでお手伝いをはじめる。アルミの引き出しから素材を取り出し、1人は収納式の作業台を使い、もう一人は大きなワークトップを使う。お皿を洗ったら、スライド式の水切り台に乗せて。
使いやすいから、つい手が出る。使いやすいキッチンデザインは、家族皆が大好き
くり抜いた窓から、お母さんはお皿を手渡し。簡単なランチは子どもたちが料理を担当するという。使いやすく、魅力的なキッチンは、積極的にお手伝いをするきっかけも作ってくれるようだ。