都市に現れた洞窟のような居場所──原田収一郎(しう)/moarによる「竪穴の小屋」

住宅地の一角に建つ「竪穴の小屋」は、福岡を拠点とする原田収一郎(しう)の建築設計事務所「moar」が手がけた個人住宅です。都市の中にありながら、まるで洞窟のような落ち着きを感じられるこの住まいは、地面との関係性を強く意識した独特の空間構成によって、日常の暮らしに静かな奥行きをもたらしています。延床面積約80㎡というコンパクトな規模でありながら、体験としての広がりは数字以上に豊かです。

地面との関係から生まれた住まい

Photo : moar

「竪穴の小屋」という名称が示す通り、この住宅の最大の特徴は、地面に掘り込まれたような空間構成にあります。

Photo : moar

床のレベルを下げることで生まれる低い視点が、周囲の街並みから心理的な距離をつくり出し、包み込まれるような安心感をもたらします。

古代の竪穴住居のように地面に近い場所で過ごす空間は、外界の喧騒をやわらかく遮断し、静かに身を置ける居場所を生み出します。原初的ともいえる住まいの形式を、現代の都市住宅として再解釈したアプローチがこの住まいの大きな魅力です。

光が落ちる立体的な内部空間

Photo : moar

外観はシンプルなボリュームで構成され、周囲の街並みに穏やかに溶け込む佇まいです。一方、内部には奥行きを感じさせる立体的な空間が広がっています。

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大きく設けられた開口部から光が差し込み、壁や床にやわらかな陰影を描き出します。掘り下げられた床や段差のある構成によって、ひと続きの空間の中に複数の居場所が自然と生まれているのも特徴です。コンパクトでありながら、それぞれの場所に異なる居心地があり、暮らしに豊かなリズムを与えています。

段差が生み出す多様な居場所

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この住まいでは、床の高さの違いによって生まれる段差が、空間の質を大きく特徴づけています。掘り下げられた床を中心に、周囲の床レベルが緩やかに変化することで、ひとつながりの空間の中にいくつもの居場所が立ち上がります。

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低い位置に腰を下ろすと視線は自然と落ち着き、天井高との対比によって空間の広がりがより強く感じられます。一方、少し高い位置に立てば室内全体を見渡すことができ、同じ空間でもまったく異なる体験が生まれます。こうしたレベル差は視覚的な変化にとどまらず、多様な過ごし方を受け止める装置としても機能しています。

身体感覚に寄り添う素材とスケール

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室内は素材感を活かしたシンプルな仕上げとし、光と影の移ろいが空間の表情を豊かにしています。過度な装飾を控えることで、空間そのものの質が際立ちます。

視線の高さが変わる構成は、同じ室内にいながら異なる風景を見せ、住まいを身体感覚とともに体験させます。都市に建つ住宅でありながら、外部から守られた安心感があり、落ち着いた時間が流れます。

原初的な居場所を都市に取り戻す

「竪穴の小屋」では、単なる機能的な住宅にとどまらず、住まう人が心から落ち着ける場所の質が丁寧に追求されています。地面に近い場所で過ごす感覚や、光が静かに差し込む空間体験は、現代の都市住宅に新たな価値を提示するものです。原初的な安心感を都市の中にそっと取り戻そうとする、そんな試みがこの住まいには込められています。