建築家のアイディアと設計力で高低差を味方につけた、縦に広がる家族の住まい「塔の家」

山間の斜面に広がる閑静な住宅街。石積みの擁壁が連なる坂道を上がっていくと、グレーのシンプルなボックスが空に向かってすっと立ち上がっているのが見えてきます。これがこの家の第一印象です。余分な装飾は何もなく、縦長のスリット窓が外壁に穿たれるだけの潔い外観。しかしその内側には、複雑な地形を巧みに取り込んだ、豊かで立体的な暮らしが詰まっています。

「難条件」を、設計の核心に変える

この家が建つ土地は、決して扱いやすい敷地ではありませんでした。前面道路と敷地の間に約3mにも及ぶ高低差があり、敷地の形状も整形ではない異形地。さらに第一種低層住居専用地域という高さ制限の中で、建てられる土地の実質面積はわずか34坪という狭小地です。

ふつうであれば、こうした条件は「克服すべき障害」として扱われます。しかしここでは、その発想が逆転されました。高低差を「処理すべき問題」ではなく、「空間を立体的に展開するための資源」として捉え直したことで、この家の設計は動き始めました。コンセプトに冠された「塔の家」という言葉は、そうした姿勢の宣言でもあります。

斜面を上がるアプローチ

周囲の石積み擁壁と呼応するように、コンクリートの基壇の上に建物が据えられています。道路から数段の階段を上がって玄関へと至るアプローチは、この家に入る前から「高さの体験」が始まっていることを予感させます。

外壁は落ち着いたトーンが山間の緑や石積みの風景と静かに調和しています。窓は縦長のスリット状に配置され、隣家の視線を遮りながらも内部へ光を届けるよう計算されています。シンプルなBOX形状でありながら、上部のボリュームが一段高くなった段差のある輪郭が、「塔」の名前にふさわしい存在感を生み出しています。

緩やかな階段が繋ぐ、最初の旅

玄関は建物の最下層に設定されています。扉を開けて室内に入ると、すぐ目の前に広がるのは木の踏み板が続く緩やかな階段です。この階段を数段上がって初めて、LDKの床へと辿り着きます。

この「玄関からLDKへの段差」は、道路と敷地の高低差を室内空間に自然に取り込むための解法です。段差を上がる動作の中で、自然と気持ちの切り替えが生まれ、家に帰ってきたという感覚がより豊かに演出されます。狭小地の制約が、むしろ空間に奥行きと物語性を与える装置へと転換されています。

Ⅱ型キッチンと木の天井が織りなす、豊かな暮らしの中心となるLDK

LDKは、この家の心臓部です。床はナチュラルなオーク材が敷かれ、白い壁との対比が温かみのある明るい空間をつくり出しています。

キッチンはⅡ型レイアウトが採用されています。コンクリートライクな質感のモルタル調の面材で仕上げられたアイランドと壁付けのカウンターが向き合う形で配置され、料理をする人がどちらの作業台でも使いやすい、機能的な動線が確保されています。アイランドカウンターには大きなステンレスシンクが埋め込まれており、存在感のある佇まいはキッチンそのものをインテリアの主役へと押し上げています。

天井にはキッチン上部を中心に木張りの折り上げ天井が設けられており、コーニス照明の温かな光が天井面を照らしています。その下にガラスのペンダントライトが3連で吊り下げられ、機能的な照明でありながら、空間に宝飾品のような輝きを添えています。

窓の外には石積みの擁壁が見え、山間の地形がインテリアに奥行きを与えています。この家ならではの景色です。

中二階の小上がり——段差が生む「特別な場所」

LDKから視線を巡らせると、スケルトン階段の脇にひっそりと設けられた小上がりスペースが目に入ります。階段の踏み段の高さに合わせて設けられたこの小上がりは、座って本を読んだり、子どもが腰を下ろしてくつろいだりするための場所です。

造作の木製カウンターが小上がりの縁に沿って設けられており、書き物や作業ができるワークスペースとしても機能します。ちょうど階段に腰かけるような感覚で使えるこの場所は、LDKと繋がりながらも、ほんの少しだけ「距離感」を持った居場所として機能しています。

家の中に複数の「居場所」があることで、家族それぞれが思い思いの時間を過ごせる豊かさが生まれています。

鉄骨スケルトン階段——空間を貫く、彫刻のような骨格

この家で最も印象的な建築的要素のひとつが、LDKの中央に設けられた鉄骨スケルトン階段です。ブラックのスチールで組まれた斜めの骨格と、木の踏み板の組み合わせは、構造体でありながら彫刻的な美しさを持っています。

蹴込み板がないオープン構造になっているため、階段の向こう側の空間が透けて見え、視覚的な広がりが生まれています。階段が単なる「上下を繋ぐ通路」ではなく、空間全体を立体的に体験させるための装置として機能しているのです。その存在感はLDK全体を引き締め、この家の「背骨」としての役割を果たしています。

素材の対比が美しいプライベートな洗面室

脱衣室と分けて設けられた独立洗面室は、細部への配慮が光る場所です。グレーの石材調天板とホワイトのサブウェイタイルの腰壁が組み合わさり、シンプルながら素材感のある上質な空間がつくられています。

天井近くに設けられた横長の高窓が自然光を柔らかく取り込み、清潔感のある明るさを確保しています。大きな三面鏡の下に幅広の洗面ボウルが埋め込まれ、右手には造作のニッチ棚が設けられています。生活道具を整然と並べられるこの棚は、機能的でありながらインテリアとしての役割も担っています。床のオーク材が洗面室にも連続することで、家全体の素材感の統一感が保たれています。

縦に繋がる家族の時間

玄関からLDK、小上がり、そして2階の各室へ——この家の中で生活する家族は、日々の中で何度も段差を上り下りします。ひとつの移動の中で異なる高さの景色を体験し、視点が変わるたびに空間の広がりを感じ直すことができます。

コンパクトな面積でありながら「広い」と感じさせる理由は、まさにこの立体的な空間構成にあります。水平方向の広がりに頼らず、垂直方向の豊かさで住まいを満たすという設計の選択が、狭小地という条件を前にして見事な逆転劇を生み出しました。

山間の斜面に建つこの家は、地形の持つ個性をそのまま生かした、唯一無二の住まいです。高低差という「与件」が、暮らしを楽しくする「仕掛け」へと変わったとき、この家は「塔の家」という名前にふさわしい存在感を持って、この街に立ち上がりました。