釧路湿原に浮かぶ“赤レンガの船”。毛綱毅曠「釧路市湿原展望台」を歩く。

北海道・釧路湿原の縁に立つ「釧路市湿原展望台」は、釧路出身の建築家・毛綱毅曠が手がけた、風景そのものを体験へ変換する展望建築です。湿原に点在するヤチボウズの造形に着想を得た外観は、赤レンガの量塊がどこか“湿原に浮かぶ船”のようにも見えます。内部は洞窟のように包まれた空間が連なり、歩くほどに光と視界が切り替わっていく構成です。釧路湿原を「眺める場所」というより、「湿原のスケールと身体感覚をつなぎ直す装置」として捉えると、この建築の魅力が立体的に立ち上がります。

毛綱毅曠と釧路——土地の自然環境を「造形」に翻訳する建築家

毛綱毅曠の建築は、土地の記憶や自然の形態を、強い象徴性をもった造形へ翻訳する点に特徴があります。釧路市湿原展望台でも、湿原という巨大な環境を前にして「景色を切り取る箱」をつくるのではなく、むしろ建築そのものを風景の側へ踏み込ませています。素材としてのレンガ、量塊としてのシルエット、そして内部の包まれ感。こうした要素が重なり、訪れる人の意識を“観光”から“観察”へ切り替えていきます。

また、釧路という土地は、霧や曇天、季節の移ろいによって空気が変わりやすい場所です。その変化の中で建築が輪郭を保ち続けることは、意外なほど重要になります。

展望台は、ただ透明なガラス面で風景に溶けるのではなく、質量をもった外皮によって「ここに来た」という到達感をつくり、同時に、湿原のスケールへ身体を接続するための“前室”として機能します。毛綱の建築を「強い形」としてだけでなく、「体験の順序を設計する装置」として読むと、釧路湿原の見え方が変わってきます。

ヤチボウズから生まれた外観——赤レンガの量塊が「湿原に浮かぶ船」になるまで

外観の起点となるのが、湿原特有の隆起であるヤチボウズです。植物が長い時間をかけて根を張り、凍結や水分の影響も受けながら育つことで、湿原の地表に小さな“こぶ”のような起伏が生まれます。展望台は、この自然の不規則な造形を直接模倣するのではなく、量塊の重なりや曲面の扱いとして抽象化し、風景と対話するシルエットへと変換しています。

赤レンガ(赤茶の外装)がつくる存在感は、湿原の緑、空の青、そして霧がかかる日の白い空気と強いコントラストを生みます。天候によって視界が揺らぐ土地だからこそ、建築は「見えたり消えたりする風景」の中で、確かな基準点になります。遠目に見たときの“船のような印象”も、湿原という海のように広い水平面に対して、建物が浮遊感をまとって立ち上がるからこそ成立します。自然の造形を参照しながら、都市的な素材で輪郭を固定し、風景の中に新しいスケールを差し込む。ここに、展望台が単なる施設以上の“風景装置”として成立する理由があります。

洞窟のような内部と展望体験——曲線天井・光・回遊動線がつくる「湿原の中のミュージアム」

内部に入ると、外観の重量感とは別のかたちで身体感覚が変わります。洞窟のように包まれた空間、曲線的に感じられる天井の連なり、明暗の切り替え。

これらは「湿原の広がり」をいきなり提示するのではなく、いったん視界を絞り、歩行とともに少しずつ開いていくための段取りです。展望に至る前の“タメ”があることで、視界が開けた瞬間の解放感が増し、風景が単なる眺望ではなく、身体の経験として刻まれます。

展望は、湿原の広がりだけで完結しません。日によっては釧路の市街、さらに遠くの海側まで視線が伸びることもあり、自然のスケールと都市の位置関係が同じフレームで理解できます。ここで起きているのは、「自然を見に行く」だけではなく、「都市がどこに立っているかを確かめる」行為です。敷地内には遊歩道が整備され、歩いて別の展望ポイントへつながる動線も用意されています。建築→歩行→展望という連続体として体験が設計されている点も、この場所を建築記事として扱う価値を高めています。

釧路湿原を“眺める”から“体験する”へ変換する建築

釧路市湿原展望台は、釧路湿原という巨大な自然を前にして、風景をただ“見せる”のではなく、風景へ身体を接続するための順序を設計した建築です。ヤチボウズの造形を手がかりにした外観は、赤レンガの量塊として風景に輪郭を与え、霧や曇天の日にも「場所の基準点」として立ち上がります。洞窟のような内部から展望へ至るプロムナードは、視界の開閉と光の変化を通じて、湿原のスケールを身体の実感へ変換します。釧路を訪れるなら、この展望台は観光スポットというより、湿原と都市の関係を読み替える“建築のレンズ”として歩いておきたい一棟です。

釧路市湿原展望台

開館時間:8:30~18:00
URL:http://ja.kushiro-lakeakan.com/things_to_do/3639/
住所:〒084-0922 北海道釧路市北斗6−11