リナ・ボ・バルディの建築5選——都市に“広場”をつくる、ブラジル近代の革命
リナ・ボ・バルディの建築は、ブルータリズムの強度をまといながら、冷たさで終わりません。彼女が設計したのは建物の形ではなく、人が出会い、滞在し、文化が立ち上がる「場の条件」です。サンパウロという巨大都市の中で、余白を広場へ、工場を市民の居場所へ、劇場を街路へと変換していく編集力は、建築・インテリア・デザイン・ライフスタイルのすべてに横断的な示唆を与えます。ここでは思想が最も立ち上がる5作品を、体験の言葉で紹介します。
リナ・ボ・バルディとは——「公共性」と「暮らし」を同時に設計した建築家

リナ・ボ・バルディ(Lina Bo Bardi、1914–1992)はイタリア生まれの建築家で、ローマ大学で建築を学んだ後、第二次世界大戦期のミラノで活動し、戦後にブラジルへ移住しました。サンパウロを拠点に建築設計だけでなく、展示デザイン、編集・批評、キュレーションまで横断しながら、近代建築の言語をブラジルの民衆文化や都市の現実と接続させていきます。代表作として知られるサンパウロ美術館(MASP)やSESCポンペイア、ガラスの家などでは、強い構造や素朴な素材を用いながらも、空間を“公共の居間”へ変換する視点が一貫しています。彼女の仕事を貫く軸は、公共性を理念ではなく具体の設計に落とし込むことです。展示の方法、舞台と観客の距離、外部と内部の境界、気配が混ざり合う動線までを同じ熱量で組み立て、建築を鑑賞対象ではなく生活の器として機能させます。
1. サンパウロ美術館(MASP)——宙に浮く箱と“都市の広場”という発明

MASPの凄みは、展示室の造形以上に、建物の下に残された大きな空地にあります。巨大な架構によって上部ボリュームを持ち上げ、地上には市民が集うための「都市の居間」を確保しました。コンクリートの力は誇示ではなく、公共空間を成立させるための手段です。都市の喧騒とアートが重なり合う場所で、鑑賞は“静かな行為”から“都市の出来事”へと接続されます。ここでは、美術館が街を閉じるのではなく、街に風穴を開けています。
参考:リナ・ボ・バルディによる「サンパウロ美術館 (MASP) 」は、フリー・スパンで空中に浮かせた展示空間
サンパウロ美術館 – Museu de Arte de São Paulo Assis Chateaubriand
開館時間:10:00~18:00(火曜日~20:00)
URL:https://masp.org.br/
住所:Av. Paulista, 1578 – Bela Vista, São Paulo – SP, 01310-200 ブラジル
2. SESC ポンペイア文化スポーツセンター——工場転用が生んだ、生活のためのブルータリズム

SESCポンペイアは、既存の工場を転用し、文化・スポーツ・交流が混ざり合う市民の複合施設へと更新したプロジェクトです。仕上げを整えるより、使い込みや混雑を受け止める「強さ」を優先したインテリアが特徴で、人が増えるほど空間が完成していきます。橋や通路は単なる移動ではなく、視線と気配が交差する“出会いの装置”です。きれいに管理された施設というより、街の延長にある遊び場として、日常の熱量を受け止める建築だと言えます。
SESC Pompéia
開館時間:10:00~21:30(日曜日~18:30)
休館日:月曜日
URL:https://www.sescsp.org.br/unidades/pompeia/
住所:R. Clélia, 93 – Água Branca, São Paulo – SP, 05042-000 Brasil
3. リナ・ボ・バルディ自邸/ガラスの家——透明性と植生がつくる“開かれた居間”

「ガラスの家」は、モダニズムの透明性を掲げながら、単なる“見せる住宅”では終わりません。ガラスは外部を眺めるためではなく、植生・地形・光の変化を室内に引き込むための装置として働きます。柱で持ち上げられた軽やかな箱の下に生まれる影、ガラス越しに揺れる緑、時間帯で変わる明暗が、そのままインテリアの表情になります。私邸でありながら文化人の交流の場でもあったように、暮らしと公共性が同居する「開かれた居間」としての住宅像が、ここに凝縮されています。
Casa de Vidro Lina Bo Bardi
開館時間:10:00~11:30/14:00~15:30(木・金・土曜日)
URL:https://instagram.com/institutobardi
住所:R. Gen. Almério de Moura, 200 – Morumbi, São Paulo – SP, 05690-080 Brasil
4. サンパウロ近代美術館(MAM São Paulo)——ニーマイヤーの器を、展示と公園の関係で再編集する

サンパウロ近代美術館(MAM)は、もともとオスカー・ニーマイヤーが設計した公園内のパビリオンを舞台に成立しています。そこにリナは、1980年代初頭の改修で関わり、展示空間としての解像度を引き上げました。重要なのは、建築を“作り替える”のではなく、鑑賞体験の編集によって建物の意味を更新している点です。公園(イビラプエラ)との関係を再構成し、外部の気配を取り込みながらアートを体験する流れを整える。建築とインテリアの境界を溶かし、都市の緑と美術館を同じ時間軸に束ねる発想が、リナらしさとして立ち上がります。
参考:120ヘクタールの広大な土地にオスカー・ニーマイヤーによるブラジル・サンパウロにある「イビラプエラ公園」の建築群
São Paulo Museum of Modern Art (MAM São Paulo)
URL:https://mam.org.br/
住所:Av. Pedro Álvares Cabral, s/n° – Vila Mariana, São Paulo – SP, 04094-000 Brasil
5. チアトロ・オフィシーナ——劇場を“街路”に変える、身体スケールのラディカル

チアトロ・オフィシーナは、劇場を「箱」ではなく「街路」として再定義したような空間です。細長い構成の中に中央の通路(ランウェイ)のような舞台が伸び、観客は側方のギャラリーに散らばりながら、上演に巻き込まれていきます。ここでは鑑賞は“座って眺める”行為ではなく、身体の位置と視線が常に更新される参加の体験です。素材の粗さや構造の露出は、権威的な劇場の記号を剥がし、都市の熱と演劇の熱を同じ地平に戻します。文化が路上で発火する瞬間を、建築が支えているのです。
Teatro Oficina
URL:http://www.teatroficina.com.br/
住所:Condomínio Edifício Angra dos Reis – Rua Jaceguai, 520 – Bela Vista, São Paulo – SP, 01315-010 Brasil
「人の集まり方」を設計するリナ・ボ・バルディの建築
MASPは地上に広場を残し、SESCポンペイアは工場を市民の居場所へ変え、ガラスの家は自然の気配を室内へ引き込み、MAMは公園と展示の関係を編み直し、チアトロ・オフィシーナは劇場を街路のように開きました。形態や用途は違っても、共通するのは「どこに人が溜まり、どう関係が生まれるか」を最優先に設計している点です。リナ・ボ・バルディの建築は、強いのに寛容で、粗いのに親密です。都市と暮らしの間に余白をつくり、その余白を文化の場へ転換する。その視点は、これからの公共空間やリノベーション、そして日常のデザインを考えるうえでも、確かな指針になります。