歴史と断片の交錯。ダニエル・リベスキンドがリトアニア、ヴィリニュスに刻んだ「MOミュージアム」の幾何学的空間
歴史的なバロック建築が立ち並ぶリトアニアの首都ヴィリニュス。その古都の中心部に、白いコンクリートの幾何学的な断片が突如として現れます。それが、プリツカー賞受賞建築家ダニエル・リベスキンドが設計した「MOミュージアム(MO Museum)」です。

リベスキンドは、ベルリンのユダヤ博物館などで知られるように、脱構築主義の思想と、歴史や感情を建築に刻み込む手法で知られています。MOミュージアムは、彼のシグネチャーである鋭い角度と不連続性を保ちながらも、周囲の街並みに対して抑制されたトーンで挿入されています。
歴史的な街並みに挿入された断片「ヴェール」の開口部

MOミュージアムのファサードは、リベスキンドの他の作品(例:ユダヤ博物館)と比較すると一見大人しく、シンプルに見えるかもしれません。しかし、そのデザインの核心には、彼の脱構築主義(Deconstructivism)の思想が深く根ざしています。脱構築とは、既存の建築的秩序や整合性を意図的に崩し、断片、非対称性、そして断絶を通じて、建築に複雑な意味と感情を持たせる試みです。

このミュージアムでは、建物の角や壁面が鋭利に切り取られたような幾何学的な開口部として表現されています。特に目を引くのは、建物の角を大胆に垂直方向に切断し、美術館の内部構造を垣間見せる巨大な白い「ヴェール」のような開口部です。

これは、ヴィリニュスという過去の歴史が重層的に存在する街において、リベスキンドが「連続性」をあえて拒否し、「断片」を挿入することで、過去と現在の間の緊張感を生み出そうとする意図の表れです。

この切断されたフォルムこそが、現代リトアニアの文化的アイデンティティを象徴的に表現しており、歴史的な街並みに対する敬意と対話を、脱構築的な手法によって静かに主張しているのです。
空間を切り裂くドラマチックな「旅」としてのデザイン

MOミュージアムの内部空間は、リベスキンド特有のドラマチックな演出に満ちています。内部の中心には、ねじれながら上昇する巨大な階段があり、これがミュージアムの動線と視線の核となっています。

この階段は、単に階層を結ぶ通路ではなく、鑑賞者を「知覚の旅」へと誘うための主要な装置です。

リベスキンドは、階段の壁や手すりを意図的に斜めに傾けたり、ねじったりすることで、鑑賞者の身体感覚に働きかけ、空間に対する従来の慣れ親しんだ感覚を揺さぶります。

階段の踊り場や、途中に設けられたスキップフロア的なスペースからは、予期せぬ角度で下のロビーや上階の展示室が見渡せ、鑑賞者の視線と好奇心を常に刺激します。

また、最上階の展示室は、自然光が溢れる開放的な空間となっており、暗いロビーや閉鎖的な階段を抜けた後に、劇的な解放感をもたらすように設計されています。

この光と影、閉鎖と開放のコントラストは、鑑賞者が現代アート作品と深く向き合うための心理的な準備を促す、計算された空間体験を提供しているのです。
文化交流を育むカフェと広場、そして街に開かれた「リビングルーム」

MOミュージアムは、リトアニアの個人収集家であるヴィクトル・ブトクス夫妻のコレクションを収蔵するために設立されましたが、その設計思想は「閉じた美術館」に留まりません。

リベスキンドは、この場所をヴィリニュス市民にとっての「都市のリビングルーム」として機能させることを目指しました。

ファーストフロアと外部に面したエリアには、カフェ、書店、そして彫刻広場といった、アート鑑賞の機能を超えたコミュニティ・スペースが設けられています。

特に屋外の広場は、都市の喧騒から一歩離れた静かな交流の場となっており、市民や観光客が気軽に立ち寄り、休憩し、語り合うことができます。

屋外には多くのパブリックアートが展示されています。

カフェや書店は、洗練されたインテリアデザインが施されており、現代アートが日常のライフスタイルに溶け込むような、リトアニアの新しい文化的なハブとして機能しています。

このミュージアムは、アートを愛する人々だけでなく、街の誰もが利用できる開かれた空間として存在することで、ヴィリニュスの文化交流と社交の場としての役割を担い、都市生活を豊かにしているのです。
ダニエル・リベスキンドが創り上げた「MOミュージアム」
ダニエル・リベスキンドがヴィリニュスに創り上げたMOミュージアムは、脱構築の理念を静かに、しかし力強く表現した建築です。断片化された白いフォルムは、歴史的な街並みとの間に創造的な緊張感を生み出し、ねじれた階段は鑑賞者を視覚的・身体的な発見の旅へと導きます。
このMOミュージアムは、光と影、過去と未来を織り交ぜながら、人々の知覚と感情に訴えかける、リベスキンドらしいドラマチックな空間体験を提供しています。MOミュージアムは、ヴィリニュスという歴史ある都市に、現代的な文化の鼓動を打ち込む開かれた「リビングルーム」として、市民のライフスタイルに深く根付いています。リトアニアを訪れる際は、ぜひこの幾何学的な断片に足を踏み入れ、リベスキンドの建築哲学を全身で感じ取ってみてください。
MO Museum
開館時間:10:00~20:00
休館日:火曜日
URL:http://www.mo.lt/
住所:Pylimo g. 17, Vilnius, 01141 Vilniaus m. sav., Lithuania