三重県伊賀市にある坂倉準三の名建築・旧上野市庁舎を再生したホテル「泊船」が開業

三重県伊賀市に、日本モダニズム建築の巨匠・坂倉準三が設計した「旧上野市庁舎」が、ホテル『泊船』として2025年7月21日に開業します。歴史的建築の思想を受け継ぎ、MARU。architectureによる再生設計とNOTA&designの洗練された空間が融合。天童木工の家具やアートが彩るこの場所は、2026年春開業予定の公共図書館と共に、地域文化と知的な体験が響き合う“泊まれる文化複合施設”として新たな命を吹き込まれます。

坂倉準三建築が新たな命を得る「泊船」

三重県伊賀市に、日本モダニズム建築の巨匠、坂倉準三が設計した市指定文化財「旧上野市庁舎」(1964年竣工)が、2025年7月21日、スモールブティックホテル『泊船(はくせん)』として生まれ変わります。かつての市庁舎が持つ歴史的価値と、坂倉が掲げた「人間のための建築」という哲学を現代に引き継ぎ、新たな文化の拠点として再始動するこのプロジェクトは、建築ファンのみならず、地域にとっても大きな注目を集めています。

老朽化により解体の危機に瀕していた旧上野市庁舎は、市民の保存運動によって救われ、行政のアイデア募集に応じた船谷ホールディングスグループがこの再生プロジェクトを受託。ホテル機能に加え、2026年春には公共図書館もオープン予定であり、まさに“泊まれる文化複合施設”として、歴史と現代が響き合う唯一無二の空間が誕生します。

この再生設計を手がけたのはMARU。architecture。彼らは、坂倉建築が持つ空間の豊かさや光の扱い方を深く読み解き、現代の快適性と美しいデザインを融合させました。特に「開かれた外の空間から、段階的に落ち着いた室内空間へと連続する」という心地よい流れは、訪れる人々が自然と空間に溶け込めるよう工夫されています。

既存のコンクリート壁に残る当時の木型枠の表情をそのまま活かしつつ、タモ材や左官などの自然素材と組み合わせることで、至近距離でこそ感じられる繊細な質感を生み出しています。

ただ修復するだけでなく、異なる要素が互いを引き立て合い、建築全体に穏やかな一体感を生み出すことに深く配慮された結果、坂倉準三がこの地に託した思想が、時を超えて現代に息づく空間が実現したのです。

アートと地域文化が織りなす「言葉の湖」と五感を刺激する滞在体験

ホテル『泊船』は、全19室のスモールブティックホテルとして、訪れる人々に知的で穏やかな滞在を提供します。その名称は、伊賀の地がかつて琵琶湖の底だったという伝承と、来春オープンする館内の公共図書館を「言葉の湖(うみ)」に見立てたイメージから生まれました。「本を手に、言葉の湖に漂いながら、静かに泊まる」というコンセプトは、日常の喧騒から離れ、心豊かな時間を過ごしてほしいという願いが込められています。

客室のインテリアスタイリングはNOTA&designが担当し、温もりのある素材感と静けさに満ちた空間を実現しました。坂倉準三建築研究所が手がけた天童木工の家具をはじめ、当時の建築の雰囲気に調和する調度品が配され、空間全体に穏やかな調和が生まれています。視線が低く設計された空間は、外の賑やかさから離れ、心地よいプライベート感を演出。NOTA&designは客室を「生き物のように、時間とともに育まれる空間」と捉え、宿泊者の気配や流れが静かに深まるような設えを施しています。

さらに、『泊船』では、宿泊者の感性を刺激するアート作品が随所に配されています。坂倉建築のシャープなラインやコンクリートの質感に対し、人の手が生み出すアート作品が持つ「肌触り」や「感情」が、空間に新たな対話をもたらすという考えのもと、各客室にアートが迎え入れられました。

エントランスには陶芸家・安永正臣による、釉薬から成形する独自の手法で作られたモザイク壁画が来訪者を迎え、各客室には伊賀にゆかりのある若手アーティスト、陶芸作家・壺田太郎による土の表情豊かな陶作品、そしてビビッドな色彩が特徴の藤本玲奈の抽象絵画が飾られています。これらの作品は空間と、そして滞在する人との間にささやかな対話を生み出すことを意図しており、訪れるたびに新たな発見のある、生きたギャラリーへと空間を昇華させています。また、車椅子対応のユニバーサルルームも備え、誰もが安心して心地よく過ごせる空間を提供することで、多様なゲストに開かれたホテルであることを示しています。

『泊船』での滞在は、ただ泊まるだけでなく、伊賀の奥深さを知る、思索と発見の旅へと誘います。客室にはbooks+kotobanoieによる選りすぐりの書籍が用意され、クリエイティブエージェンシー kontaktが編集を担当した『泊船』そして伊賀をより深く知るためのジャーナルも思考を深める時間に寄り添います。

朝食で提供されるプレートは、地元伊賀市の人気店「食堂おおもり」が監修し、地域に根ざした食の魅力も堪能できます。他にも、伊賀焼や伊賀組紐といった伝統工芸品、そして俳聖・松尾芭蕉ゆかりの地を巡る街歩きなど、伊賀の記憶や文化を感じさせるプロダクトや体験が随所に散りばめられ、滞在者が地域の静かな物語を読み解くきっかけとなります。

地域に根差す文化複合施設としてのオープン!

『泊船』は、旧上野市庁舎という歴史的公共建築の保存・活用における、日本の新しいモデルケースとして、その価値を確立しようとしています。2026年春に開業する公共図書館との一体化は、単なる複合施設を超え、知のプラットフォームとしての建築の可能性を大きく広げることでしょう。

宿泊者が図書館を自由に利用し、地域住民がホテルに親しむことで、「泊まる」と「学ぶ」「集う」という行為が自然につながり、新たな交流と文化創造の場が生まれます。この試みは、閉鎖的になりがちな歴史的建造物の再活用に、新たな息吹を吹き込む画期的な事例として、全国から注目を集めるに違いありません。

『泊船』のロゴ・サインデザインは、UMA / design farmが担当しました。彼らは、坂倉準三建築が持つ「柔らかさ」と「身体性」を抽出し、抽象的で詩的なマークに込めました。湖に浮かぶ船、月の光、本を読む人のシルエット、図書館の「言葉の湖(うみ)」、夜から朝への時間の流れなど、見る人それぞれに異なるイメージを喚起するデザインが特徴です。ロゴの色には、夜の湖のような「紺色」を採用。これは建築当時の2階部分にも使われていた色を復元したものであり、月明かりに照らされた夜の静けさを表現しています。館内外のサインやインテリアもすべて、「必要最小限、最適な配置、素材の力を活かす」という坂倉の設計思想に基づき、丁寧に設計されています。さらに、UMA / design farm代表の原田祐馬氏が改修前に撮影した旧庁舎の記録写真が、客室前のポーチに展示されており、「建築の記憶」をそっと滞在に織り込むような存在として、宿泊者にこの場所が歩んできた時間を静かに伝えます。

伊賀の歴史、文化、自然、そして現代のアートとデザインが静かに交差するこの場所は、訪れる人々に深い思索と発見を促す、新たな交流と文化体験の拠点として機能します。三重県伊賀市に深く根ざしながら、日本のモダニズム建築が未来へと長く息づくための、新たな物語を紡ぎ続けていく『泊船』は、単なる宿泊施設に留まらず、地域文化の担い手として、そして建築の未来を考える上での重要な存在となるでしょう。2025年7月21日の開業、そして2026年春の公共図書館オープンを控え、その動向にますます期待が高まります。

坂倉準三の哲学を継承し新たな文化複合施設へと昇華させたホテル『泊船』

ホテル『泊船』は、坂倉準三の哲学を継承し、旧上野市庁舎を新たな文化複合施設へと昇華させました。UMA / design farmによる繊細なロゴデザイン、そして伊賀の豊かな地域性が織りなす体験は、単なる宿泊を超え、深い思索と発見の旅を提供します。

泊船

URL:https://hakusen-iga.com/
住所:〒518-0873 三重県伊賀市上野丸之内116