落合陽一シグネチャーパビリオン「null²」を手がけた建築家・豊田啓介が語る、デジタルと建築のあいだ
前編:「体験を設計する」──建築家・豊田啓介が語る、建築とデジタルのこれから
2025年大阪・関西万博で大きな注目を集めた落合陽一シグネチャーパビリオン「null²」の設計を手掛けたNOIZで活動する建築家・豊田啓介。
デジタルとフィジカルを分けて考えるのではなく、連続した体験として捉える豊田さんの視点から、万博パビリオンの設計背景、情報を含めた建築の考え方、そしてこれからの空間デザインの可能性について伺いました。
デジタルとフィジカルをつなぐ「null²」という建築

改めて、大阪・関西万博の「null²」は、どのようなパビリオンだったのでしょうか。
「一言で言うと、デジタル世界と物理世界をつなぐ“結節点”をデザインした建築です。外観はミラー膜でできていて、鏡のように見えるんですが、金属やガラスではなく、今回のために開発した柔らかい膜材を使っています。

その膜はロボットやスピーカーによって常に揺らぎ、周囲の風景を映し込みながら表情を変え続けます。硬いものだと思われがちな建築が、実は柔らかく、流動的であるという感覚を、まず外観で体験させる構成です。
一方で中に入ると、落合陽一さんならではのデジタルの世界が広がっています。デジタルとフィジカルを対立させるのではなく、その境界が連続していることを、身体的な体験として感じてもらうことを意図しています」
ミラー膜とボクセルが生んだ、見えない苦労

設計において、特に苦労された点はどこでしたか。
「ミラー膜の開発には、1年半から2年くらいかかっています。建築の設計と同じくらいの時間を、素材開発そのものに費やしました。
さらに、構成には『ボクセル』と呼ばれる立方体の単位を採用。デジタル空間で使われる表現を、そのまま物理空間に持ち込む試みでした。
マインクラフトの世界を、そのまま現実につくるような感覚ですね。デジタルっぽく、存在感が希薄に見える建築をつくるのは、実は建築的にはすごく難しい。裏側には、相当細かい調整や設計の積み重ねがあります」
「物」ではなく「情報」を設計するという考え方

デジタル時代の建築において、特に意識していることはありますか。
「建築は、物を見るだけ、触るだけでは、そこまで深い体験にはなりません。音や映像、情報の流れなど、いろいろな要素が身体に総合的に入ってくることで、初めて記憶に残る体験になります。
コンクリートだけでなく、デジタルな情報や人の動きを誘導する仕掛けも含めて設計することで、建築の価値はより立体的になります。
そこに刻み込まれる共有の体験や思いを、どう深くできるか。NOIZでは、デジタル技術を使ってそれを突き詰めることに、かなり特化して取り組んでいます」
万博を通して見えた、リアルな体験の価値

万博への関わりを通して、どのような課題や希望を感じましたか。
「大阪に決まったのが2019年で、その後コロナがあって、最近はAIが希望と同時に不安として語られる時代になりました。そうした変化の中で、万博は『実際に集まること』『人に会うこと』『場所に触れること』の価値を改めて浮かび上がらせたと感じています。
やっぱりリアルっていいよね、人に会えるっていいよね、という感覚を、社会に投げかける役割を果たしたのではないでしょうか。未来の技術を語る場でありながら、同時に“今ここにいる体験”の大切さを再確認させてくれた。それが万博の一番の意義だったのではないでしょうか」
デジタル時代における建築の役割とは
大阪・関西万博のパビリオン「null²」をはじめとする取り組みを通して、豊田さんが実践する、デジタルとフィジカルを横断する建築の考え方が浮かび上がりました。
建築を単なる物理的な構造物として捉えるのではなく、情報や身体感覚、そして人々のあいだで共有される体験そのものを設計対象とする姿勢は、デジタル技術が前提となった現代社会において、建築の可能性を大きく広げています。その言葉と実践からは、これからの暮らしや社会において建築が果たす役割を、静かに、しかし確かに問いかける視点が感じられました。