地中に沈み、庭にひらく──建築家・酒井一徳による風土と記憶に寄り添う住まい「鹿屋の家」

鹿児島県鹿屋市、中心街から南へ車で五分ほどの住宅地に建つ「鹿屋の家」。祖父母の家を建て替え、若い夫婦と幼い子どものための住まいとして計画されました。設計を手がけたのは建築家・酒井一徳。酒井が大切にしているのは、その土地の気候や文化、風土を丁寧に読み解き、暮らしの本質をすくい上げながら、地域に根ざした空間をつくること。「鹿屋の家」でも、 オーナーから託された「祖父が育てた庭を残すこと」「カーテンなしで暮らせること」「可変的な空間であること」という要望を、土地の条件と重ね合わせながら、静かに、そして誠実にかたちにしていきました。導き出されたテーマは、「地中に沈み、庭にひらく住まい」です。

土地の条件を読み解き、守りながらひらく建築

Photo : Toshihisa Ishii

敷地の前面には高校の三階建て校舎があり、周囲からの視線が避けられない環境でした。酒井はこの状況を単に“閉じる理由”と捉えるのではなく、鹿屋という土地のスケール感や周辺環境を読み解いた上で、建築の在り方を再構成しています。

Photo : Toshihisa Ishii

フロアレベルを周囲より70センチ下げ、深い軒を備えた半地下構成に。これにより外部からの視線を穏やかに遮りながら、南北に設けた約8メートルの横連窓からは、祖父の庭を切り取るように眺めることができます。
閉じずに守り、沈み込むことで庭へとひらく──。土地と対話するような設計姿勢が、この住まいの随所に表れています。

暮らしの気配が巡る、ワンルームの住まい

Photo : Toshihisa Ishii

内部空間は、中央に水回りのコアを据えたワンルーム構成。

Photo : Toshihisa Ishii

庭とつながるLDKを中心に、水回りを挟んでプライベートスペースを配置。耐力壁は外周部のみに設け、将来的な間仕切り変更にも対応できる柔軟な構造としています。

Photo : Toshihisa Ishii

光や風、家族の気配がゆるやかに巡るよう、必要以上に空間を区切らないことも、この住まいの大きな特徴です。

成長とともに変化する、余白のあるプライベート空間

Photo : Toshihisa Ishii

プライベートスペースは、寝室・子ども部屋・室内物干し室として使える一体空間。家族構成やライフステージの変化に合わせて用途を柔軟に変えられるよう計画されています。空間をつくり込みすぎず、住まい手の時間や記憶が重なって完成していく余白を残すことも、酒井が大切にしている設計姿勢のひとつです。

建築そのものが環境装置となる空調計画

Photo : Toshihisa Ishii

空調は、天井中央に設けたエアコン1台と、プライベートルーム側の床下エアコン1台の計2台のみ。

夏は天井エアコンを稼働させ、中心から両端へと緩やかに下がる天井形状に沿って冷気を循環。冬は床下エアコンによって足元から室内を暖めます。

Photo : Toshihisa Ishii

鹿屋の気候特性を踏まえ、建築のかたちそのものを環境制御の一部として機能させることで、機器に頼りすぎない快適性が実現されています。

風土と記憶を受け継ぐ、地域に根ざした住まい

「鹿屋の家」は、祖父の庭という家族の記憶と、鹿屋という土地の風土を丁寧に読み解きながら生まれた住まいです。地中に沈み、庭へとひらく構成。固定しすぎない空間と、最小限の設備による快適性。そこには、暮らしや文化の本質を大切にし、地域に根ざした空間をつくるという、建築家・酒井一徳の一貫した姿勢が息づいています。

住まいが前に出すぎることなく、家族の暮らしを静かに支える。時間とともに深まっていく価値を大切にした一棟です。