第41回福島県建築文化賞・復興賞を受賞したFimstudio主宰の建築家・渡部昌治「haccoba 浪江醸造所」
福島県浪江町。かつて震災と原発事故によって全町避難を余儀なくされたこの地に、いま、新しい「酒の匂い」と「人の声」が戻ってきています。その中心にあるのが、2024年に誕生した「haccoba 浪江醸造所」です。
同醸造所の設計を手がけたFimstudio主宰の建築家・渡部昌治が、「第41回福島県建築文化賞・復興賞」を受賞しました。この賞は、その建築がどれだけ地域に根ざし、人々の暮らしや未来を支えるシンボルとなり得ているかを問うものです。
「haccoba 浪江醸造所」が挑んだ、開かれた建築

建築家・渡部昌治が手がけた「haccoba 浪江醸造所」は、浪江町権現堂地区に位置する、クラフトサケ醸造所です。「クラフトサケ」とは、日本酒の伝統的な製造技術をベースに、副原料(果物やハーブなど)を加えた新しいジャンルの酒。haccoba(ハッコバ)というブランド自体が「自由な酒づくり」を掲げていますが、渡部がその建築に求めたのも「自由」と「開放」でした。
醸造のプロセスを「風景」にする

通常の酒蔵は、雑菌の混入を防ぐため、また温度管理のために、厚い壁に囲まれた「閉ざされた空間」になりがちです。しかし、渡部はあえて町に対して開かれたデザインを提案しました。
ガラス越しに大型のタンクや醸造機器が見える設計は、通りを歩く人々にとって「ここで何かが生まれている」というワクワク感を与えます。夜になれば、醸造所から漏れる温かな光が、まだ更地の目立つ浪江の夜道を優しく照らす街灯代わりとなります。
木材がもたらす「時間の連続性」

建物には福島の豊かな木材がふんだんに使われています。プレハブやコンクリートの建物が復興の過程で増える中、木の温もりは、かつての浪江が持っていた情緒を現代に翻訳しているかのようです。新しさと懐かしさが共存するこの空間は、帰還した住民にも、新しく移住してきた若者にも、等しく「居場所」を提供しています。
第41回福島県建築文化賞「復興賞」の重み

「福島県建築文化賞」は、福島県内の優れた建築を表彰する歴史ある賞です。その中でも「復興賞」は、被災地の再生に寄与し、これからの地域づくりの指針となる作品に与えられます。
審査において高く評価されたのは、「建築が産業を支え、産業がコミュニティを育む」という循環が見事にデザインされていた点です。

「haccoba 浪江醸造所」の併設されたパブスペースやテラスでは、地元の人々が観光客と杯を交わし、町について語らう姿が見られます。渡部は、建物の完成を「終わり」ではなく「始まり」と捉えています。建築という器が用意されたことで、そこに「酒づくり」という文化が流れ込み、さらに「人の交流」という血が通い始めた。この有機的な繋がりこそが、審査員の心を打ったのです。
浪江の「熟成」は、ここから始まる
酒は時間をかけて熟成し、美味しくなります。浪江の町もまた、震災後の空白の時間を経て、いま再び「熟成」のプロセスに入ったと言えるでしょう。
渡部昌治という建築家が、かつての木造仮設住宅を事務所に変え、そして「haccoba 浪江醸造所」という新しい種を蒔いた。この「復興賞」受賞は、一人の建築家の功績であると同時に、浪江町が「被災地」というラベルを超えて、「新しい文化の発信地」へと進化し始めたことの証明でもあります。
彼の手がける建築は、決して声高に復興を叫びません。ただそこに静かに佇み、誰かが訪れるのを待ち、美味しい酒が醸されるのをサポートする。その控えめながら力強い存在感こそが、これからの福島、そして日本の建築が進むべき一つの道筋を示しているのではないでしょうか。