奄美大島に自邸を構えた建築家・酒井一徳が語る、自然とともに生きる設計哲学

海外や東京で経験を重ねたのち、奄美大島へと拠点を戻した建築家・酒井一徳さん。自然と寄り添う暮らしを実践しながら、建築を通じて“これからの生活のかたち”を模索し続けています。今回は、島に戻って改めて感じた価値や、自邸に詰め込んだ試み、そして建築家として実践するオフグリッドな暮らしの背景に迫りました。

島を離れて気づいた、奄美が持つ“強さ”

戻られて改めて感じた島の良さって何かありましたか。

「僕、島を出るまでは奄美がすごく嫌いだったんですよ。刺激のない場所だと思い込んでいて、高校生の頃から“いかに島を出るか”ばかり考えていました。でも海外や東京で暮らしたあとに戻ってみると、自然の豊かさや、人と人との結びつきの強さが本当に心地よくて。奄美は“結いの島”と言われるくらい、人の距離が近いんです。そうした関係性の温かさに触れて、改めてこの島が好きだと実感しました」

挑戦を詰め込んだ、奄美の平屋住宅

Photo : Toshihisa Ishii

昨年、奄美大島に自邸を完成させた酒井さん。改めてどのようなお住まいなのか教えていただけますか。

「市街地に建つ木造平屋なのですが、インフラが整った場所にありながら、あえて太陽光発電と蓄電だけでエネルギーを自給しています。さらにエアコンも寝室に1台あるだけで、他の空間には一切設置していません。それでも快適に暮らせる住環境をつくることに挑戦しました」

エアコンに頼らない家を実現するための“設計の工夫”

Photo : Toshihisa Ishii

温暖化のなかで、エアコンなしで快適に過ごすための工夫はどういったところでしょうか。

「まず、直射日光をしっかり遮る“深い軒”を設けたことです。奄美は雨が多いので、窓を開けたままでも雨が吹き込まないほどの軒深さになっています。さらに風が四方から抜けるように開口を配置して、上部の排熱窓から湿気や熱気が自然に外へ出る仕組み“高低差換気”を取り入れています。

直射日光さえ入らなければ、室内温度は大きく上がらない。結果として、外気より2~3度低い温度を保つ空間が実現できています」

なぜ建築家が“オフグリッド”を実践するのか

Photo : Toshihisa Ishii

送電線につながないオフグリッドを実践されていますが、始めた理由を教えてください。

「きっかけは3年前に北部の山の一角を購入したことです。コロナ禍を経て、戦争や自然災害など不確実性が増すなかで、“家族を守る場所”をつくろうと思ったんです。ところが山にはインフラがない。じゃあ自分たちで完結する仕組みをどうつくるか、という挑戦が始まりでした。

さらに、今後少子高齢化が進めば、税収が減りインフラ更新が追いつかない“消滅可能性自治体”が増えていきます。自然豊かな土地に住みたいと思っても、生活インフラが維持できず住めなくなる未来がくるかもしれない。
だからこそ、自宅や山での実験を通じて、自律的に暮らせる“新しい地方の住み方”を提案したいと思ったんです」

人生に無駄なものは無い

酒井さんにとって、ライフイズ〇〇には何が入りますか。

「ライフイズ“循環”ですね。暮らしの中で無駄になるものがひとつもなくて、エネルギーも資源もすべて循環していると日々感じています。食事で出た生ゴミは落ち葉のコンポストに入れて、やがて堆肥になり土になる。その土を畑に戻すことで、また野菜が育つ。自然から受け取ったものが、別の形で自分たちの身体に返ってくる。そうした循環を実感するほど、“暮らしは循環そのものだな”と強く思うんです」

自然とともに生きる未来のヒント

奄美という土地に根ざしながら、エネルギーの自給や循環型の暮らしを建築という手段で実践する酒井さん。その姿勢は、環境問題や地方の課題が深まるこれからの時代において、一つの可能性を示しているように感じられます。自然と調和しながら、自分たちの暮らしを自らデザインしていく。酒井さんの挑戦は、私たちの“これからの住まいの在り方”を考えるヒントを与えてくれます。