フランク・O・ゲーリーがMITに実現した生命力溢れる研究拠点「レイ&マリア・スタータ・センター」
アメリカが誇る最高峰の技術教育機関、マサチューセッツ工科大学(MIT)。そのキャンパスの一角に、建築の既成概念を覆す、極めて異質な建築があります。それが、先日96歳で亡くなったプリツカー賞受賞建築家フランク・O・ゲーリーが設計した「レイ&マリア・スタータ・センター(Ray and Maria Stata Center)」です。
スタータ・センターは、コンピュータ科学、人工知能、言語学など、複数の先端研究部門を収容する複合施設であり、その外観はまるで「知性の爆発」をそのまま建築化したかのようです。傾斜した壁、不規則な窓、多様な素材の衝突は、単なる奇抜さではなく、ゲーリーの建築哲学と、MITが掲げる「革新と実験」の精神を体現しています。
秩序と混沌の対話を感じるゲーリー特有の「脱構築主義」的な外観

スタータ・センターの最も衝撃的な特徴は、その大胆な外観のフォルムです。ステンレスやブリキ、タイルといった多様な素材が使われ、幾何学的な直方体が不規則に積み重なり、傾き、衝突しているかのような印象を与えます。この建築は、しばしば「崩壊するような建築」と評され、「脱構築主義(Deconstructivism)」の代表例とされています。

この混沌とした外観は、「知的なカオス」を意図的に表現しています。MITという場所は、新しい理論やテクノロジーが常にぶつかり合い、既存の秩序が覆される場所です。ゲーリーは、その研究活動の生命力と革新性を、非線形な建築の表現によって具現化しました。

しかし、この混沌は単なる無秩序ではありません。様々な形状の建物が、中央のアトリウムに向けて収束しており、一見バラバラに見える要素が、内部の交流空間という明確な中心によって、有機的に統合されています。
交流を誘発する「町の通り」としての複雑な内部空間と偶然の出会い

スタータ・センターの内部設計における最大のテーマは、「交流の創出(Interaction)」です。ゲーリーは、建物の中央に「町の通り(Town Street)」と名付けられた、吹き抜けの巨大なアトリウムを設けました。このアトリウムは、建物内の複数の研究棟、カフェ、郵便局、講義室などを結びつけるメインストリートとして機能します。

この「町の通り」は、意図的に複雑で迷路のような動線を持つように設計されています。異なる研究分野の学生や教授陣が、必然的ではない、偶然の動線で交差する機会を最大化するためです。

ゲーリーは、「偉大なアイデアは、水筒の横で生まれたり、廊下での雑談から生まれる」という発想のもと、研究者同士のインフォーマルな交流を促すことを建築の最も重要な機能としました。

多様な高さと形状を持つ空間、カラフルな壁、そして休憩スペースが散りばめられた内部は、学術的な刺激に満ちた環境であり、ユーザーの創造性を解放する「知的な遊び場」となっています。
技術の挑戦状、複雑な曲面を可能にしたデジタル設計

スタータ・センターの非線形なフォルムを実現するためには、建築技術の限界に挑む必要がありました。ゲーリーの建築設計は、航空機や自動車産業で使用される高度なデジタル設計ソフトウェア(CATIAなど)を用いることで初めて可能となりました。

設計チームは、このソフトウェアを使って、一つとして同じものがない複雑な曲面を持つ外壁や構造を正確にモデリングし、施工へと繋げました。特に、様々な角度で傾斜し、素材が変化する外壁のジョイント部の施工は、高度な技術と緻密な調整を要しました。

この建築は、建築家とエンジニア、施工者のコラボレーションの極致を示すものであり、デジタル設計技術がもたらす新しい建築の可能性を世に示した、技術的な挑戦状でもあります。その後のメンテナンスに関する議論はあったものの、この建物が現代建築におけるテクノロジーの役割を再定義したことは間違いありません。
アートと研究が共存する場「創造的刺激」

スタータ・センターは、単なる研究棟という枠を超え、MITキャンパスにおける新しい「ライフスタイル」のハブとなっています。建物には、研究室やオフィスだけでなく、一般に開かれたカフェ、講義室、ホール、そして広大な公共アトリウムが含まれています。

学生や教授陣は、この遊び心溢れる建築空間を背景に、食事をしたり、講義を受けたり、リラックスしたりします。建築そのものが持つ芸術性は、そこにいる人々の既成概念に捉われない思考を刺激し、知的な探求心を絶えず呼び起こします。

この建築は、科学技術とアートが密接に関わり合いながら、創造的な思考が生まれる環境を提供しています。スタータ・センターでの学びと生活は、建築デザインがいかに人の思考、行動、そしてライフスタイルを変革し得るかを示す、現代的な証拠と言えるでしょう。
脱構築主義のダイナミズムと学術的な情熱が見事に融合した「レイ&マリア・スタータ・センター」
フランク・O・ゲーリーがMITに実現したレイ&マリア・スタータ・センターは、脱構築主義のダイナミズムと学術的な情熱が見事に融合した建築の傑作です。混沌とした外観が知的な実験を象徴し、「町の通り」という内部構造が偶然の出会いと交流を促します。
この建物は、高度なデジタル技術によって支えられた技術的な挑戦であると同時に、そこに集う人々の創造性とライフスタイルを鼓舞する生命力に満ちた空間です。
MIT Ray and Maria Stata Center – MITレイ&マリア・スタータ・センター
32 Vassar St, Cambridge, MA 02139 USA