
光と風景が織りなす終の住処──建築家・工藤浩平が手掛けた「楢山の別邸」
秋田県秋田市、自然公園の麓に佇む「楢山の別邸」は、夫婦ふたりのために設計された終の住処です。この住宅は、5棟の片流れ屋根が連なるコンクリート造一部鉄骨造の住居部分と、木造の離れである茶室から構成されています。厳しい気候と多様な風景に寄り添うため、外壁には二重構造のガラススクリーンを採用し、日射を取り込みつつ、四季折々の変化を室内へ穏やかに反映させています。
秋田の気候に寄り添う暮らし

秋田は日本で最も日照率が低い地域のひとつであり、冬には長期間続く曇天が特徴です。「楢山の別邸」ではこの地の従来的な住まい方とは異なる、新しい暮らしの可能性を模索しました。設計の要となったのは、薄暗い街並みの中にあって、明るさと温もりをもたらす住空間の創出です。2重ガラススクリーンは、透明性を確保しつつも、柔らかな境界を生み出し、内外の曖昧なつながりを実現しています。
地形を生かした設計

敷地は南に向かって緩やかに傾斜しており、建物はその傾斜に沿う形で配置されています。床のスラブは敷地形状に合わせて600mmから2,700mmの高さで変化し、自然との適切な距離感を保ちながら、四季折々の風景が住まいの一部となるよう工夫されています。

この高低差は、前面の街並みを一望する開放感と、背後の自然公園に溶け込むような親密さを同時に生み出しています。
快適さを追求した空間構成

内部は、リビング・ダイニングを中心に、多様な視点と空間のつながりを意識したレイアウトとなっています。

ガラススクリーンによる上下2辺支持の開口部は、高い透明性を持ちながらも、二重構造によって断熱性と気密性を確保しています。

外気温が0度の冬季でも、室内は23〜25度、ギャラリーなどの中間領域では13〜15度を維持し、快適な居住環境を提供しています。

夏季には庇が直射日光を遮り、自然換気によって室温の上昇を抑える工夫も施されています。

中庭とギャラリーは緩やかなスロープでつながり、建て主の収集した骨董品や美術品が飾られた空間は、日常生活に豊かな文化的背景を与えています。このギャラリーは単なる展示スペースに留まらず、住まい全体に流れる穏やかな時間を象徴する存在です。
構造と環境への配慮

構造面では、積雪荷重を考慮しながらも、スラブ厚を250mm、屋根厚を200mmに抑えることで、コストと構造のバランスを最適化しました。スラブを支える柱とコア部分は独立基礎とし、基礎工事のコストを抑えるとともに、施工性を高めています。

5つの異なる傾斜を持つ屋根は、それぞれの方向に開かれた空間を形成し、街や森、庭といった異なる風景と自然に呼応するデザインとなっています。
光と風景を内包する住まい
「楢山の別邸」は、地域の気候特性と風景に根ざしながらも、住まう人々の感性や生活スタイルに寄り添う建築です。薄暗い街並みに光をもたらす存在として、厳しい自然環境に対する新たな住宅の在り方を示唆しています。この住まいは、光と風景、そして時間の流れを内包することで、暮らしそのものを豊かにする空間として、地域の文化や価値観に新たな息吹を与えています。