多くの美しい美術館を手掛けた建築家・谷口吉生による「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」と図書館
ニューヨーク近代美術館(MoMA)の新館、東京国立博物館の法隆寺宝物館などを手掛け、「世界で最も美しい美術館をつくる建築家」と評されている建築家・谷口吉生。そんな彼に信頼を寄せていた画家・猪熊弦一郎が、ゆかりのある丸亀市に寄贈した作品を収蔵・展示する美術館の設計を依頼し、1991年に完成した「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」は、細部に至るまでこだわりが貫かれた造形と光の陰影が美しい建築です。
駅前広場と緩やかにつながる伸びやかなファサード
「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」は、丸亀市の市制施行90周年の記念事業として、丸亀市ゆかりの画家・猪熊弦一郎の全面的な協力のもと1991年11月23日に開館しました。JR丸亀駅前に構える建築内には、猪熊本人から寄贈を受けた約2万点の作品を所蔵し、常設展で紹介するとともに、現代美術を中心とした企画展を開催しています。
建築設計を担当したのは、数々の美術館建築を手掛けた谷口吉生。猪熊との対話によって、アーティストと建築家の理念が細部に至るまで具現されたデザインとなっており、公共建築百選にも選ばれました。
絵画の下地となるタイルの壁は細目地となっており、壁画が映えるようにシンプルな見た目に整えられています。
門型のフレームが広場に向かってぽっかり口をあけているファサードには、猪熊の巨大な壁画「創造の広場」やオブジェの設置されたゲートプラザがあり、四角のフレームが額縁のように陰影を作り出し、正面の印象を強めています。
門型のフレームに貫入するようなダイナミックな構成
建築は門型の正面にエントランス、脇に大きな階段がある構成となっており、複合施設として美術館のほかに、美術図書室、レストラン、ミュージアムホール、スタジオ、屋上広場が1つの建築に内包されています。正面から見て左側の側面には丸亀市立中央図書館への入り口が設けられており、動線を美術館と分けていることがわかります。
壁画の上部は、展示室へのハイサイド・ライトとなっており、門型の天井と切り離されたディテールのため門型の中にさらに箱が入っているような構成となっています。
光と陰影の美しい空間に並ぶオブジェ作品
大階段をもつ吹き抜けの空間は、効果的に配されたスリットやハイサイドライト、ルーバーやトップライトからの光がそれぞれの強さを持って広がり、陰影を演出しています。大階段を登った2階踊り場には、「草」と名付けられたオブジェが設置されています。
さらに3階のカスケードプラザには黄色のオブジェ「トライアングル・アンド・レインボー」、滝の前にはイサム・ノグチの牟礼のアトリエにあったという自然石(玄武岩)が置かれており、それぞれの作品が空間に溶け込むような静かな空間となっています。
平面が多用された空間に光が柔らかく広がる館内
自然光をふんだんに取り込んだ軽やかで開放的な空間が広がる館内は、1階から3階までの3層構造となっています。
館内の家具には猪熊がセレクトしたものもあり、エントランスホールにはマルセル・ブロイヤーによるワシリーチェアが配されています。谷口の直線を多用した空間と相まってスタイリッシュな印象を強めています。
ほか、絵画作品に加え、猪熊が幼少期に流された下駄を追って溺れかかっていたところを地元のアメ湯売りのおじさんに助けてもらったことへの感謝の意を込めたオブジェ「GETA」が並びます。
1階にはオリジナルグッズやカタログを販売するミュージアムショップも配置しています。
2階には対照的なプロポーションをもつ2つの展示室があり、
ファサードの裏面に当たる展示室Bにはハイサイド・ライトからの明るい光が差し込みます。
2階には展示室のほか広々とした美術図書室が配され、美術に関する書籍、雑誌、展覧会図録などが閲覧できます。
さらに3階には天井高約7mの豊かなスケール感をもつ大きな展示室を配しています。
自然光の差し込む爽やかな図書館
美術館の側面を奥へと進むと現れる丸亀市立中央図書館への入り口。
一面の窓からは自然光が差し込み、明るく爽やかな空間にまとめられています。
訪れる人々の心を癒す美しい作品と建築
直線と平面を基調とした建築に、移ろう光と陰影の表情が美しい「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」。猪熊は竣工に際して、作品を鑑賞し、心地よい空間に身を置くことで刺激を受けて心が元気になる場所であることを美術館に求め、MIMOCAのあるべき姿として「美術館は心の病院」という言葉を残しました。作品のみならず空間の隅々まで美意識が行き届いた美術館は、まさに訪れた人々の心を癒す存在となっているようです。