大阪・関西万博でクウェート・パビリオンを手がけた膜構造メーカー・山口産業がミラノサローネ「SaloneSatellite」に初出展。
世界のデザインが集まるミラノで、日本の膜構造技術が新たなかたちを見せようとしています。大阪・関西万博でクウェート・パビリオンにも関わった膜構造メーカー・山口産業株式会社が、イタリア・ミラノで開催される「ミラノサローネ国際家具見本市」の併催展示「SaloneSatellite(サローネサテリテ)」に初出展します。会場で発表されるのは、膜材と木材を組み合わせた可動空間プロダクト「SUKERU(スケル)」です。建築の外装や大空間を支えてきた技術が、より人に近いスケールへと翻訳される今回の試みは、素材と空間の関係をあらためて考えさせる提案として注目を集めそうです。
膜構造の技術を、より身近な空間へとひらく試み

山口産業は、佐賀県多久市を拠点に、膜構造の設計・製造・施工を一貫して手がけてきたメーカーです。1970年代の創業以来、産業用途から大型建築まで、膜という素材の可能性を着実に広げてきました。近年では大阪・関西万博の象徴的なパビリオン建築にも関わり、その技術力と応用範囲の広さがあらためて注目されています。
今回の出展で興味深いのは、これまで建築スケールで培ってきた知見を、インテリアやプロダクトという、より身体感覚に近い領域へと展開している点です。大きな構造物を支えるための技術が、小さな居場所をつくるための技術へと置き換えられることで、膜構造はより身近な存在として新しい表情を見せはじめています。建築と家具、構造と意匠、その境界をやわらかく横断する姿勢に、山口産業の現在地がよく表れています。
世界初公開される可動空間プロダクト「SUKERU」

ミラノで世界初公開される「SUKERU」は、軽量で可変性を備えたテント型の可動空間プロダクトです。大きな特徴となっているのが、日本の伝統的な「扇子」の構造原理を取り入れている点です。一点を軸に複数のリブが開閉する仕組みを応用することで、囲われ方を段階的に変化させることができ、空間との関わり方を柔軟に調整できる構成になっています。
完全に閉じるわけでも、完全に開くわけでもない。その中間にある、ちょうどよい距離感をつくり出せるところに、このプロダクトの魅力があります。名前の由来にも通じるように、半透明の膜素材を通して光をやわらかく取り込み、空間に軽やかな境界を生み出していきます。視線や気配は適度に通しながらも、そこに小さなこもり感をつくることで、空間の中に新しい居場所が立ち上がります。

その使い方は一つではありません。休憩のための小さなスペースとしてはもちろん、ワークスペースや瞑想の場、あるいは展示空間の中に置かれる一時的な場としても機能します。強く区切るのではなく、必要に応じてやわらかく仕切る。その発想は、住まいやオフィス、公共空間においても、これからますます求められていくものかもしれません。家具のようでもあり、小さな建築のようでもある「SUKERU」は、空間の使い方そのものに新しい自由を与えてくれそうです。
木と膜をつなぐ、共創から生まれたデザイン

今回のプロジェクトは、山口産業だけで完結するものではなく、異なる専門性が重なり合うことで生まれた共創の成果でもあります。協業したのは、インテリアデザイナーのValentina Maria Vasile、そして佐賀県の木工家具メーカー・レグナテックです。産業資材として発展してきた膜を、インテリアとして成立させるためには、素材の選定や見え方だけでなく、木製フレームとの接合方法や開閉構造の精度、触れたときの印象まで含めた丁寧な調整が欠かせません。
膜という軽やかな素材と、木という温かみのある素材をどう自然につなぐのか。そこには単なる製造技術だけではなく、空間として成立させるための設計的な思考が必要になります。構造として成り立つことと、インテリアとして美しく見えること。その両方を高いレベルで満たすために、見えない部分で多くの工夫が積み重ねられていることがうかがえます。
山口産業はこの取り組みを、デザイナーの構想を具体的なかたちへと落とし込む挑戦として位置づけています。技術を前面に押し出すだけではなく、意匠や体験の質にも責任を持つ姿勢が、「SUKERU」というプロダクトにも色濃く反映されています。構造メーカーでありながら、同時に空間表現の担い手でもある。その立場が、今回の出展をより興味深いものにしています。
ミラノサローネで問われる、日本の膜構造の新しい価値
出展先となるSaloneSatelliteは、世界中の若手デザイナーや新しい感性が集まる場として知られています。未来の暮らしやデザインの方向性を示す提案が多く集まるこの場に、日本の膜構造メーカーが参加することには大きな意味があります。大型建築の一部として認識されることの多い膜構造が、インテリアやプロダクトという視点から見直されることで、その可能性はさらに広がっていきます。
特に今回の提案は、単なる新作発表にとどまらず、膜構造という技術がどのように暮らしの質や空間体験に寄与できるのかを問いかけるものでもあります。光をやわらかく通し、空間を軽やかに仕切り、必要に応じて形を変える。そうした膜素材ならではの特性は、固定された空間のあり方とは異なる、より柔軟で開かれた居場所をつくる可能性を秘めています。
展示期間中には、コンセプトや開発背景を紹介するトークセッションも予定されており、プロダクトそのものの造形だけでなく、その背後にある思想や技術のプロセスまで含めて伝えようとしている点にも、今回の出展の本気度が感じられます。建築素材をどのように日常空間へと近づけていくのか。その問いに対するひとつの答えとして、「SUKERU」は非常に示唆に富んだ存在といえそうです。
建築でも家具でもない、そのあわいに生まれる空間
「SUKERU」が興味深いのは、それが単なる家具でも、単なる建築の縮小版でもないことです。人が過ごすための小さな空間でありながら、可変性を持ち、光を受け止め、場所の雰囲気そのものを変えていく。その存在は、これからの住まいや働く場において、ますます重要になっていくのではないでしょうか。
部屋を増やすのではなく、必要に応じて空間を編み直していく。そうした考え方は、ライフスタイルが多様化する今の時代にとてもよく合っています。集中したいとき、少し気持ちを切り替えたいとき、人との距離をゆるやかに調整したいとき。そうした日々の細やかな感覚に応えてくれる空間装置として、「SUKERU」は新しい役割を担っていくのかもしれません。
膜構造という素材を更新
大阪・関西万博という大きな舞台で示された膜構造の技術が、今度はミラノで、人の身体感覚に近いスケールへと置き換えられる。山口産業の今回の初出展は、日本の技術を海外に示す場であると同時に、建築素材の可能性を暮らしの中へ引き寄せる試みでもあります。建築とプロダクトのあいだにある豊かな余白を、膜構造という素材がどう更新していくのか。ミラノでの発表に期待が高まります。