世界遺産「モダニズム建築都市カウナス」を歩く。リトアニアが遺した“楽観の建築”

リトアニア第二の都市カウナス(Kaunas)は、1919〜1939年頃にかけて形成されたモダニズム建築群が評価され、2023年にユネスコ世界遺産に登録されました。

白い壁、水平ライン、角の丸み、合理的な窓割り。モダニズム建築というと“建物単体の名作”に視線が向きがちですが、カウナスの真価は「街並みとして近代の輪郭が残っている」ことにあります。新市街(Naujamiestis)とŽaliakalnis周辺を歩けば、公共建築・文化施設・住宅・オフィスが混ざり合い、生活の密度そのままに“建築都市”が立ち上がってきます。

カウナスが“モダニズム都市”になった理由

カウナスのモダニズムは、ゆっくり成熟した様式というより、短期間で密度高く都市へ定着した“更新の記録”です。戦間期にカウナスが臨時首都としての役割を担ったことで、公共施設や行政機能、文化施設、住宅供給が一気に必要になり、街の骨格が近代化していきました。

その結果、カウナスではモダニズム建築が点在するのではなく、通りの連続として面で残ります。数ブロック歩くだけで、水平窓の比率や角の処理、玄関まわりの構えなど、共通の設計言語を持つ建物が連なって現れます。都市の更新が「建築スタイル」ではなく「暮らしを成立させるインフラ」として行われたことが、いまでも街に説得力を与えています。

さらにカウナスの特徴は、国際的な機能主義を取り入れながらも、完全に無機質へ振り切らない点です。合理性の背後に“都市を誇る気持ち”や“公共の気配”が残り、白い壁や端正なプロポーションのなかに、建築の温度が感じられます。カウナスの建築が写真映えするだけでなく、歩いて心地よいのは、そのためです。

「Architecture of Optimism」が示す公共性と街の完成度

世界遺産の正式名称に含まれる「Architecture of Optimism(楽観の建築)」は、カウナスの価値を象徴するキーワードです。ここで言う“楽観”とは、単なる明るいデザインのことではありません。不確実さが増す時代に、それでも社会を整え、暮らしを改善し、都市を前へ進められると信じた姿勢が、建築と街並みに刻まれているという意味です。

ユネスコが評価したのは、名作建築のコレクションではなく「都市スケールでの成立」です。臨時首都として急速に近代化したカウナスは、既存の都市骨格を下敷きにしながら、新しい公共建築や住宅を連続的に積み重ねました。だからこそ、街を歩いたときに“近代のレイヤー”が自然に読めます。建築が都市の仕組みと結びつき、生活の密度の中で今も機能している。これがカウナスの世界遺産としての強さです。

訪れたいカウナスのモダニズム建築10選

ここからは、カウナスを代表するモダニズム建築(スポット)を10個に絞り、各建築を約200文字を目安に紹介します。建物そのものの情報だけでなく、現地で効く“観察のフック”も入れているので、建築巡りのメモとして使ってください。

1)中央郵便局(Kaunas Central Post Office)

臨時首都期のカウナスを象徴する公共建築で、1930〜1932年に建設された代表作です。機能主義の輪郭に“民族様式”の気配が重なり、硬質になり過ぎない表情をつくっています。入口の構えと窓割りのリズムを見ると、公共性を建築の秩序として立ち上げる意志が読み取れます。

2)カウナス市役所(旧国立貯蓄銀行/現在のKaunas Municipality)

1938〜1940年に建てられた旧国立貯蓄銀行で、現在はカウナス市の行政機能が入る“近代の顔”です。垂直方向に強い窓のストライプが印象的で、同時代の水平志向とは異なる緊張感があります。都市の中心軸に対して堂々と立ち、金融建築の重みをモダニズムの言語へ翻訳した一棟です。

3)ロムヴァ映画館(Romuva Cinema)

1939年に着工し、1940年に完成した、リトアニア最古級の現役映画館です。アール・デコと機能主義が混ざる外観は、曲面やガラスの扱いに“都市の華やぎ”が宿ります。文化の入口としてのファサードを観察すると、モダニズムが娯楽空間の表情まで獲得していたことが分かります。

4)国立チュルリョーニス美術館/ヴィータウタス大公戦争博物館

カウナスの公共文化ゾーンを担う核で、戦間期に形成された都市の“精神的な中心”です。アール・デコ〜初期機能主義の要素が混ざり、壁面の量塊と入口の構成に公共建築らしい威厳があります。単体よりも、広場や動線と合わせて見ることで「都市の設計」が立体的に見えてきます。

5)杉原ハウス(Sugihara House/旧日本領事館)

1939年に建てられた住宅建築で、日本領事・杉原千畝が滞在した場所としても知られます。住宅スケールのモダニズムがよく分かる一棟で、窓の比率や階段の取り回し、部屋の繋がりなどに“暮らしの合理性”が現れます。公共建築とは違う、静かな近代の手触りを体験できます。

6)カウナス・アーティストハウス(Kaunas Artists’ House)

1931年竣工のモダニズム建築で、設計はVytautas Landsbergis-Žemkalnis。当初は外交施設として構想され、のちに用途を変えながら街に残ってきました。大きな窓とバルコニー、庭との距離感が魅力で、モダニズムが“光と余白”を生活へ落とし込む上手さを感じさせます。

7)カウナス文化センター(Kaunas Culture Centre)

現在の文化センターは、1940年竣工の「Chamber of Labor Building(労働者のための会館)」に位置づけられます。設計はA. Lukošaitis、A. Novickis。労働・教育・文化を束ねる拠点として計画され、近代都市が“集う場所”をどう設計したかが読みどころです。外観の抑制と内部機能の厚みの対比が印象を残します。

8)キリスト復活教会(Christ’s Resurrection Church)

Via : Wikipedia.

カウナス・モダニズムを象徴する記念碑的存在で、戦間期都市のアイコンとして語られる建築です。白い量塊が空へ立ち上がり、装飾よりもプロポーションと光の扱いで“静けさ”をつくっています。都市の遠景からも輪郭を支配し、モダニズムが宗教建築のスケールを獲得したことが体感できます。

9)ピエノツェントラス(Pienocentras/“Milk Centre”)

Via : Wikipedia.

1932年に建設された、カウナス・モダニズムを代表する企業建築(複合用途)のアイコンです。“業務の合理性”を形にしつつ、街路へ洗練された垂直・水平のバランスを提示します。通りのスケールを更新する存在感があり、商業都市としての近代を可視化した一棟として必見です。

10)軍人会館(Karininkų Ramovė/Officers’ Club)

Via : Wikipedia.

1930年代に形成された多機能施設で、戦間期カウナスの公共空間を象徴する存在です。設計者としてStasys Kudokasらの名が知られ、文化・社交・式典の場として高い格を備えます。外観は端正でも内部は贅沢で、モダニズムが「合理性だけで終わらない」ことを示す好例です。

街歩きが変わる“観察のコツ”とは?曲線・水平窓・白い壁の陰影を読む

カウナスのモダニズム建築は、名建築を点で追うだけでも楽しめますが、街並みとして読むと一気に面白くなります。新市街(Naujamiestis)とŽaliakalnis周辺には、1919〜1939に建てられた建築が高密度で残り、都市の近代化が連続体として見えてきます。観察の手がかりは、次の3点。

(1)角を丸める“コーナー処理”

カウナスでは、街路の交差点で直角を強調せず、角を丸めて視線と動線を滑らかにつなぐ建築が多く見られます。これは見た目の柔らかさだけでなく、都市の速度感や安全性にも関わる設計です。ロムヴァ映画館のような文化施設で顕著に現れ、街の表情を軽やかにします。

(2)水平窓がつくる“均質な明るさ”

水平窓は、内部へ光を均一に導き、室内の快適性を押し上げます。カウナスの面白いところは、極端に薄い帯窓へ振り切らず、暮らしの現実感を残したままファサードを整えている点です。住宅・公共建築の双方でこの思想が見えるため、比較すると理解が深まります。

(3)白い壁と陰影が生む“時間の表情”

白い外壁は、装飾ではなく光のスクリーンです。朝夕は陰影が立ってプロポーションが強調され、正午は輪郭が溶けるように見えます。復活教会のように量塊で勝負する建築では、この変化が特にドラマティックです。

この3つを意識するだけで、カウナスのモダニズムは「スタイルの見分け」ではなく「都市を成立させる設計言語」として立ち上がってきます。建築を撮ることと、建築を読むことが一致する都市。それがカウナスです。

住宅・文化施設・公共建築が混ざる面白さ“生活のスケール”で残る近代

カウナスのモダニズムが特別なのは、建築遺産が博物館化されていないことです。中央郵便局、映画館、行政建築、文化センター、そして住宅建築までが都市の機能として連続し、モダニズムが“生活の密度”の中で残っています。

たとえば杉原ハウスやアーティストハウスのような住宅系建築は、公共建築ほどの強いメッセージを発しません。その代わり、採光、窓の位置、バルコニーの奥行き、庭との距離など、住まいとしての合理性が丁寧に織り込まれています。これは、近代建築が掲げた“衛生”や“快適性”が、机上の理念ではなく具体の空間として結実している証拠です。

一方で、軍人会館のような公共施設では、合理性だけでは説明しきれない“格式”が空間に残ります。近代が目指したのは、単なる機能の効率化ではなく、社会の場をつくり直すことだった。その野心が、いまも建築から伝わってきます。

つまりカウナスは、モダニズムを「建築様式」としてではなく、「都市の態度」として体験できる街です。世界遺産の価値が、情報ではなく体感として理解できる。これが、建築好きがカウナスへ惹かれる最大の理由だと思います。

カウナスのモダニズムは“建物の名作集”ではなく“都市が信じた未来”である

ユネスコ世界遺産が示す通り、カウナスのモダニズム建築は名作建築のカタログでは終わりません。公共建築が街の骨格をつくり、文化施設が都市の温度をつくり、住宅が生活の密度をつくる。それらが通りの連続として残り、歩くほどに“都市の設計思想”が身体へ伝わってきます。

中央郵便局の公共性、市役所(旧国立貯蓄銀行)の緊張感、ロムヴァ映画館の華やぎ、チュルリョーニス美術館/戦争博物館の威厳、杉原ハウスの生活感、アーティストハウスの光、文化センターの集う力、復活教会の象徴性、ピエノツェントラスの企業都市としての迫力、軍人会館の格式。この10の建築を軸に歩けば、カウナスという街が“近代の楽観”をどう形にしたのかが、一本の線として見えてきます。

モダニズム建築を好きになった人ほど、カウナスは「理解」より先に「納得」が訪れる都市です。写真ではなく、街路のスケールで。建物単体ではなく、連続する都市として。ぜひカウナスの新市街で、“近代が信じた未来”を体感してみてください。