MIDWが手がけた路地と“シルバーの広間”がつなぐ、京都の長屋再生──「西洞院の長屋改修」
京都を拠点に活動する建築家・服部大祐(元Schenk Hattori共同主宰)、服部さおりが共同主宰する建築設計事務所MIDW(メドウ) が手がけた「西洞院の長屋改修」は、京都市中心部の旧市街に建つ築80年ほどの三軒長屋のうち、両端2棟を改修したプロジェクトです。歴史ある都市の文脈を尊重しながらも、その枠組みを一歩越えた“何物とも結びつかない空間”を挿入することで、周囲の環境との新たな関係性を生み出そうと試みました。
路地に佇む、時を重ねた長屋の姿

西洞院通から細い路地を進むと、三軒長屋の静かな佇まいが現れます。80年の歳月を経た木造建築は、京都の町家らしい細長い間口と深い奥行きを持ち、表通りから路地を通って内部へと至る一連のシークエンスが特徴です。

改修にあたっては、長年の増改築で失われていた通り土間を再配置。アスファルトの表通りから石畳の路地、そして土の通り土間へと続く地面の質感の変化によって、都市と建築をゆるやかに接続しています。
“地面の連なり”で生まれる都市とのつながり

玄関から続く通り土間は、外部の地面と同じ高さで設計され、内外を曖昧に繋ぎます。新たに設けられた箱階段やカウンターなどは構造と切り離され、あくまで“家具”として扱われることで、長屋本来の編集可能性を保っています。

この柔らかい接続によって、改修でありながらも新築のような新鮮さを感じさせ、建物全体に新たな呼吸を与えています。
「シルバーの広間」が生む断絶と拡がり

計画の中心に据えられたのは、アルミアングルで既存部と縁を切り、シルバーの大壁で覆われた“広間”と呼ばれる空間。

周囲の土壁や漆喰壁から切り離され、まるで異物のように存在するこの広間が、改修全体の象徴です。唐突に挿入されたこの抽象的な空間は、周囲との関係を拒絶しながらも、逆説的に建物内外の距離感を拡張。通り土間や諸室を通して見える風景は、どこか遠くを眺めているような感覚をもたらします。建築家はこの“違和”を意図的に生み出すことで、空間に新たな深度と拡がりを与えました。
京都らしさを残す穏やかな部屋

個室や寝室などの諸室は、既存の真壁造りをなぞるように、土や漆喰の仕上げを踏襲。形状・質感・色味を整えることで、往時の風情を再現しています。

一方で、光の取り込み方や通風は棟ごとに異なり、隣家の建ち方や日射条件の違いが内部の空気感に微妙な差を生み出します。

時間や季節、天候によって印象が変化するのも、この建物の魅力のひとつです。
編集可能な構造が生む多用途性

西棟は設計者の事務所として使用され、執務空間や打ち合わせスペースに加えて、制作の実験場や小規模なレクチャーの場としても活用されています。

床や天井、内壁は一度すべて剥がされ、土間や架構を現しに。

そこに用途に応じて床を再構築することで、現代的な柔軟さを獲得しました。

新設された家具的要素は建物の構造に固定されていないため、用途や使い手の変化に応じて編集できる——それはまさに、長屋という建築形式が持つ“可変性”の現代的な継承といえます。
“ここではないどこか”を感じる長屋建築
「西洞院の長屋改修」は、京都という文脈を丁寧に読み解きながらも、単に調和に留まらない空間をつくり出しています。“シルバーの広間”という異質な要素を挿入することで、馴染ませるだけでは生まれない新しい拡がりを獲得し、まるで“ここではないどこか”と繋がっているかのような感覚を生む。それは、伝統と革新が共存する京都という都市そのものを象徴するような、静かで挑戦的な建築です。