コート・ダジュールを望むル・コルビュジエによる自身と妻のための「カップ・マルタンの休暇小屋」
南フランスのコート・ダジュールの美しい海岸線を走ると、イタリアとの国境にカップ・マルタン(Roquebrune-Cap-Martin)という小さな村がある。モナコとも隣接するが独特なカップ・マルタンは、山の斜面に石造りの家が張り付くように家々が点在する独特な風景が見られる。この村は、地中海の青い海と空を望むコート・ダジュールの中でも「リヴィエラの女王」と言われるニースや映画祭で有名なカンヌとも異なり、素朴な雰囲気が漂う。
コルビュジエ自身と妻のための「カップ・マルタンの休暇小屋」
コート・ダジュールの美しい海を愛した近代建築の巨匠ル・コルビュジエは、この地に自身と妻のための小屋(キャバノン)を建て、休暇の度に訪れた。1949年にレストラン「Etoile de Mer」のオーナー一家と知り合い、「ユニテ・ド・キャンピング」というコテージの設計と引き換えに土地を借り受けたのがこの場所だった。後にこの小屋は「カップ・マルタンの休暇小屋」と呼ばれ、2016年に上野の国立西洋美術館などとともに「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」として世界遺産に登録されることになる。
モデュロールによる最小限住居
「モデュロール」とはル・コルビュジエが人体と黄金比から作り出した建築の基準寸法だが、平面だけでなく開口部や設備の寸法、家具の配置まで、カップ・マルタンの休暇小屋にはこのモデュロールが高濃度に詰まっている。最小限住居でありながら、ロンシャンの礼拝堂やラ・トゥーレット修道院などの大きな建築のような非常に豊かな空間を感じることができる。
「輝く都市」や「チャンディーガル」から小さな小屋へ
ユニテ・ダビタシオンなどに見られる、高層ビルとオープンスペースを作り歩車分離する理想の都市構想「輝く都市」やインドに実現したチャンディーガルの都市計画などを計画したコルビュジエであったが、自身が気に入って住んだのはこの小屋だった。
コルビュジエ夫婦は、レストラン「Etoile de Mer」をダイニングとして、海側にある共に仕事もしたアイリーン・グレイの別荘をリビングのように使っていた。この小屋は一棟で全てが完結する従来の住宅ではなく、周辺の環境や建築とも不可分な関係性で、離れの寝室のような役割だったことが伺える。そして、そうしたコルビュジエ夫婦の小屋の使い方は今でこそイメージしやすいが、当時としては斬新だったに違いない。
ル・コルビュジエの終の住処となった
もともと泳ぐことが好きだったル・コルビュジエは、晩年もこの美しい海で泳ぐことを楽しんでいた。1965年8月に目の前の海で海水浴中に心臓発作で亡くなり、この小屋が終の住処となった。
妻・イヴォンヌの故郷であるモナコを一望する丘には、コルビュジエ自身がデザインし、夫婦が共に眠る墓がある。
カップ・マルタンの休暇小屋はそれ自体の建築としての豊かさと、コート・ダジュールの海を愛したル・コルビュジエの暮らし方の工夫が詰まっている。ル・コルビュジエは小屋暮らしの先駆者だったのかもしれない。
Cabanon de Le Corbusier – カップ・マルタンの休暇小屋
電話 : +33(0)4 93 35 62 87
URL : http://www.capmoderne.com
住所 : 06190 Roquebrune-Cap-Martin