南の畑景を独り占めする、建築家が手がけた凛として穏やかな夫婦の住まい「まどり」
北側に道路が接し、南側には果樹の畑が広がる。そんな恵まれたロケーションに建つこの家は、街に向けて静かに閉じながら、南の緑に向かって大きく開くという、明快な設計思想のもとに生まれました。外観は白みがかった塗り壁仕上げに、抑えた軒の出が特徴的な片流れ屋根をまとい、周囲の街並みに対してあくまで控えめに、しかし確かな存在感で佇んでいます。
語らない外観が、内側の豊かさを守る

北側の道路から見るこの家の顔は、驚くほどシンプルです。白い壁に、木の温もりを感じさせる玄関扉がひとつ。余計な装飾は何もなく、暮らしの気配すらほとんど読み取れません。それは意図的な選択です。道路側からの視線を受け流しながら、内側の空間を守るための、静かな知性が宿った外観デザインです。

一方、南側の姿はまったく異なります。大開口のスライディング窓が横に連なり、果樹の畑と青空を室内へと引き込みます。木張りの軒天が庇のように伸び、内と外の境界を柔らかく溶かしています。同じ建物でありながら、北と南でまるで異なる表情を持つ。その対比こそが、この家の設計における核心のひとつです。
玄関が語る、この家の美意識

木の扉を開けると、まず感じるのは静けさです。玄関ホールは必要以上に広くはなく、しかし窮屈でもない。正面には間接照明が柔らかく照らす造作の棚が設けられており、アート作品や小物が無造作に、しかし品よく飾られています。

土間とフロアの境には緩やかな段差があり、足元の間接照明がその切り替わりを美しく演出しています。玄関という「家の顔」に、機能とデザインの両立を丁寧に施した空間です。シューズクローゼットは玄関に隣接しており、生活感を表に出さないための動線がきちんと考えられています。
LDK——南の畑景が、もうひとりの住人

この家の中心は、21畳超のLDKです。そしてそのLDKを決定づけているのは、何といっても南面に広がる大開口です。果樹の畑が生み出す緑の風景が、まるで絵画のように室内に広がり、季節ごとに表情を変えながら暮らしに溶け込んでいきます。

スライディング窓は天井近くまで高く取られており、外の空気と光を惜しみなく取り込みます。窓の外にはウッドデッキが設けられており、内外の連続性がさらに高められています。晴れた日には窓を開け放ち、畑の風を感じながら食事をする——そんな日常が、この家では特別ではなく当たり前のこととして用意されています。

LDKは空間を仕切りすぎず、それぞれのエリアが緩やかに繋がる構成になっています。リビングとダイニングの間には、造作の本棚カウンターが「仕切り」ではなく「繋ぎ」として機能しており、空間に奥行きをもたらしながら、自然とゾーニングされています。棚の中には書籍や雑貨が並び、生活の豊かさがさりげなく滲み出ています。

リビングには木の化粧柱が立ち、構造的な役割を果たしながら空間のアクセントにもなっています。その柱から枝を伸ばした植物が天井に向かって伸び、室内に自然の生命感を吹き込んでいます。照明にはネルソンのバブルランプが採用されており、その有機的なフォルムが空間に知性と遊び心を添えています。
キッチンとダイニング——料理も食事も、景色とともに

アイランドキッチンは木の面材とステンレスの天板の組み合わせで構成されており、機能的でありながら素材感のある佇まいを持っています。南の窓に向かってカウンターが延び、料理をしながらでも畑の景色が視界に入ってくる配置です。

キッチンの背面はヘリンボーン柄のタイルが全面に施されており、コーニス照明によってその質感が際立っています。アーチ形の開口がパントリーへの入口として設けられており、機能的な収納空間へのアクセスに柔らかな表情を与えています。パントリーには棚が充実しており、食品のストックから調理器具まで、生活に必要なものをすっきりと整理できる設えになっています。

ダイニングテーブルは丸テーブルが選ばれており、4脚のチェアが囲む姿は、小さな円卓を思わせる親密さを持っています。南の大開口から差し込む光の中で食事をする時間は、日常でありながら非日常の豊かさを帯びたものになるでしょう。
造作棚が生む、リビングの落ち着き

リビングエリアには、壁面に沿って設けられた造作のローボードが空間を引き締めています。テレビボードを兼ねたフロートタイプの収納は、床から浮かせた設計によって軽やかさを演出しており、間接照明がその下面を温かく照らしています。

木のルーバーが壁の一部に組み込まれており、その格子越しに洗面スペースへの視線が程よく遮られながらも、光と空気は抜けていきます。和の素材感を現代的に解釈した、繊細なデザインの手仕事です。ルーバーの奥には洗面台が設えられており、夜に灯りが灯ると琥珀色の光がルーバーを透かして漏れ、リビング側からの眺めにも奥行きと情緒をもたらします。
階段と吹き抜け——1階と2階を繋ぐ白い骨格

LDKの一角に設けられた階段は、白いスチールの手摺と木の踏み板の組み合わせで構成されています。スケルトン階段ではなくひな壇型の構造ながら、白い手摺が連続するラインは軽やかで、空間に縦の抜けをつくりだしています。階段下のスペースも余すことなく活用されており、植物や小物が飾られ、階段自体がインテリアの一部として機能しています。

2階には子ども部屋として使える洋室が2部屋設けられており、将来の暮らしの変化にも対応できる余白が用意されています。現在は夫婦二人の生活が1階で完結するよう設計されており、2階はゲストルームや趣味の空間として自由に使うことができます。
寝室——静かで凛とした、ふたりだけの場所

1階に設けられた寝室は、間接照明によって天井と壁の境界が柔らかく光る、落ち着いた空間です。グレーがかった壁の色が室内に静謐さをもたらし、木のフローリングと木の扉が自然な温かみを添えています。ビンテージのチェストやイームズのチェアなど、居住者のセンスが滲み出る家具が、この空間に個性と深みを与えています。

寝室に隣接するファミリークローゼットは、夫婦の衣類を一か所で管理できる動線設計になっており、ハンガーパイプと可動棚の組み合わせで収納の自由度が高く確保されています。
「まどり」という言葉に込められた哲学
間取りとは本来、暮らしの形そのものです。どの空間をどこに置き、どう繋ぎ、どこを閉じてどこを開くか。その問いへの答えが、この家の全体に宿っています。
1階で夫婦の暮らしが完結するように設計された間取りは、日々の動線をシンプルに整え、ストレスなく暮らせる土台をつくっています。それぞれの空間はゆとりのある広さを確保しながら、過剰に広くなることなく、ちょうどよい親密さの中に収まっています。
南の畑景に向かって開き、北の道路に向かって閉じる。和のイメージを持ちながら、和になりすぎない。シンプルでありながら、豊かである。そうした相反するものを同時に成立させる設計の妙が、この家には詰まっています。
外に広がる緑の景色と、内に満ちる素材の温もり。その両方を日々の暮らしの中で味わえる——それが「まどり」という住まいが、この夫婦に手渡したものです。