建築家・酒井一徳による「戸口の家」。太平洋を望む奄美大島の高台に、家族の時間が重なる住まい

奄美大島中部、太平洋を一望できる高台に建つ「戸口の家」。設計を手がけたのは、奄美を拠点に活動する建築家・酒井一徳です。その土地の気候や文化、風土を丁寧に読み解き、暮らしの本質に寄り添った空間づくりを大切にする酒井の思想が色濃く反映された一軒です。

忙しい日常から切り替わるために選ばれた土地

Photo : Toshihisa Ishii

住まうのは、救急医として日々忙しく働くオーナーと、美容師の奥さま、三人の子どもたち。敷地は奄美市中心部から車で約25分、戸口集落の喧騒から少し距離を置いた、自然に恵まれた高台に位置しています。

Photo : Toshihisa Ishii

利便性よりも「太平洋を一望できる環境で子育てをしたい」「市街地の喧騒から離れ、心身をリフレッシュしたい」という想いが、この土地選びにつながりました。眼前の海は鯨の通り道でもあり、季節には室内から鯨の潮吹きを望むこともできます。

家族の存在を感じ続けられるワンルーム空間

Photo : Toshihisa Ishii

設計にあたり求められたのは、「家族の気配を常に感じられること」「自然を楽しみながらもプライバシーが守られること」「効率的な家事動線」。それらを受け、住まいの中心にはリビング・ダイニング・キッチンが一体となった大空間を計画。ワンルームのような構成とすることで、家族それぞれが思い思いに過ごしながらも、互いの存在を自然に感じられる住まいとしました。

奄美の気候に応える、RC×木造のハイブリッド構造

Photo : Toshihisa Ishii

台風の影響を考慮し、躯体は鉄筋コンクリート造を採用。一方で屋根は木造とし、輻射熱を抑えながら軽量化を図っています。かつて畑だった軟弱地盤に対しても合理的な判断となり、構造と環境性能の両立を実現しました。高台ならではの風通しの良さも相まって、日陰であれば真夏でもエアコンに頼らず快適に過ごせます。

西日と視線を遮る、閉じたエントランスファサード

Photo : Toshihisa Ishii

建物の西側には、あえて開口を設けないエントランスファサードを計画。強い西日を遮りながら、外部からの視線をコントロールしています。

Photo : Toshihisa Ishii

玄関へと続く大きな屋根付きのポーチは、駐車・駐輪スペースを兼ねた半屋外空間。雨の多い奄美大島の暮らしに寄り添う、実用的な設えです。

洞窟のようなアプローチの先に広がる大空間

Photo : Toshihisa Ishii

玄関扉を開けると、吹き抜けの開放的な玄関ホールが迎えます。

Photo : Toshihisa Ishii

そこから2.1mの洞窟のような廊下を抜けると、視界が一気に開け、LDKと庭、そして海へとつながる大空間が現れます。

Photo : Toshihisa Ishii

暗から明へと移ろう体験が、日常の中にささやかな非日常を生み出しています。

素材とディテールに宿る、時間の積層

Photo : Toshihisa Ishii

内装にはアフリカ原産のアフゼリア材を使用。

Photo : Toshihisa Ishii

木肌は空気や光に触れることで赤褐色へと変化し、時を重ねるごとに住まいに表情と奥行きを与えていきます。壁からせり出すように設けた階段は、見た目に圧迫感がなく、空間に軽やかな印象を与えるディテールです。

天から落ちる光でつくる、やわらかな明るさ

Photo : Toshihisa Ishii

家族が集うダイニングテーブルとキッチンカウンターは、住まいの中心として一体的に計画。

Photo : Toshihisa Ishii

天窓は、直射日光による暑さが居場所に影響しないよう、収納の上部や動線部分など人が長く留まらない位置に設け、そこからやわらかな自然光を室内に取り込んでいます。

Photo : Toshihisa Ishii

時間とともに変化する光が、室内に穏やかな表情を与えます。

成長と変化に対応する、子どもたちの居場所

Photo : Toshihisa Ishii

2階には子ども部屋を配置。奄美北部の半島の自然を望むこの空間は、成長に合わせてロフトを造作できる構成としています。

Photo : Toshihisa Ishii

将来の造作を見越して床には補強を施し、子どもたちが独立した後は解体も可能。暮らしの変化に柔軟に寄り添う設計です。

通風を確保した、夫婦のための寝室

Photo : Toshihisa Ishii

住まいの奥には夫婦の寝室を配置。壁を天井まで立ち上げず、空間に抜けをつくることで風の通り道を確保しています。自然の力を生かし、年中快適に過ごせる落ち着いた空間に仕上げました。

住居とサロンをゆるやかにつなぐ中間領域

Photo : Toshihisa Ishii

建物の一部には、美容師である奥さまのサロン空間を併設。

Photo : Toshihisa Ishii

居住空間との間には、水回りや倉庫機能を備えたボックスを配置し、互いのプライバシーを確保しています。壁の上部を開けることで、空間はつながりつつも視線は交わらない、心地よい距離感が生まれました。

土地と暮らしを丁寧に編み直す建築

奄美の強い光や風、海との距離感、そして家族の暮らし方。それらを一つひとつ丁寧に読み解きながら形づくられた「戸口の家」。地域に根ざし、自然とともに生きる──酒井の建築思想が、静かに息づく住まいです。