建築家・佐藤研吾が手がけた、日常と非日常が重なる「Iさんの避難観測所」

1989年、神奈川県生まれの建築家・佐藤研吾が手がけた「Iさんの避難観測所」は、埼玉県・荒川流域の市街地に建つ小さな建築です。災害時には避難所として、日常では、星空を眺めたり静かに過ごしたりするための場所として使用されています。

災害時の「危機」と日常の「余暇」という、正反対の役割が、ひとつの空間にそっと共存しています。

埼玉県の市街地に佇む「Iさんの避難観測所」

Photo : Comuramai

埼玉県の荒川流域にある市街地に佇んでいる「Iさんの避難観測所」。車や人が行き交い、近年人気の高まっているこの地域ですが、自治体が定めるハザードマップでは、台風や豪雨災害によって荒川が氾濫した際、3mを超える浸水が市街地の大部分に及ぶとされています。

Photo : Comuramai

そんな中、この建築の建主であるIさんは、同居する高齢の母親のことも考慮し、自宅の敷地内に避難できる安全な場所を求めていました。「万が一の時に、遠くの避難所へ向かうことは、身体的にも精神的にも負担が大きい」。そのIさんの思いに応える形で、建築家・佐藤研吾によって生み出されたのが、この「避難観測所」です。

地上約4mの高さにある小さな部屋

Photo : Comuramai

こちらが鉄骨トラスで構成された450mm四方の一本柱によって支えられた、小さな部屋の外観です。地上から約4メートルの高さに浮かぶこの空間は、日常から少しだけ離れた、特別な居場所となっています。

Photo : Comuramai

柱は、水の力や漂流物に耐えられるように、鉄骨ラチス形状が採用されました。日常の風景に溶け込みながら、しっかりと“もうひとつの部屋”を支えています。

母屋から直接アクセスできる避難観測所

Photo : Comuramai

母屋2階から直接「避難観測所」へとアクセスできる室内通路。もともとあった洋室に手を加え、“もうひとつの部屋”へと続いています。

Photo : Comuramai

高階段の段差はゆるやかで、手すりもしっかりと完備。高齢者や車椅子の使用を想定していることが伺え、安心して移動ができます。

大きな開口が特徴的な室内

Photo : Comuramai

こちらが、繊細であたたかみのある空間に仕上がっている避難観測所です。壁・天井・床まで一貫して同じ木材が使われており、やわらかな光に包まれるような感覚が広がります。

Photo : Comuramai

水害時に漂流物によってひとつの脱出口を塞がれても、他から逃げ出せるための備えのために壁には、それぞれ大きな開口を設けられていることも特徴的です。

Photo : Comuramai

屋根にはハッチ状の天窓が設置されており、日中は自然光が差し込み、夜には星空を楽しむことができます。

Photo : Comuramai

非常時以外では、建主であるIさんの天体観測の趣味や休息のためのスペースとしても使用することができるのもこの建築の魅力です。

Photo : Comuramai

まるで外の世界にそっと投げ出されたような外観は、街の中をプカプカと漂っているような浮遊感をまとっています。その様子は、宙に浮かぶ小さな船の内部のようです。

建築家・佐藤研吾が手がけた、日常と非日常が重なる「Iさんの避難観測所」

災害という“もしもの時”の備えと、星を眺めながら過ごす“くつろぎの時間”。本来なら一緒に存在しないような、正反対の目的がひとつの空間にある「Iさんの避難観測所」。ただの避難所でも、ただの遊び場でもない。日々の暮らしに寄り添いながら、もしもの時にはしっかりと支えてくれる。安心感とともに日常を過ごせる、小さな居場所となっています。

監修・施工:ますいいリビングカンパニー 写真:Comuramai