「現代の人々に『本当の幸せ』を問いかけたい」製材家・穴井俊輔が語る大切なデザインや林業を通じて目指す未来について
九州を代表するブランド杉、小国杉(おぐにすぎ)を扱う「穴井木材工場」3代目代表、製材家・穴井俊輔さん。2017年には小国杉を活用したインテリア・ライフスタイルブランド「FIL」を立ち上げ、多角的にその魅力を発信しています。今回は穴井さんに、大切にされているデザインやプロジェクトを通して伝えたいことについて伺いました。
製材家・穴井俊輔
1982年 阿蘇郡南小国町生まれ。大学卒業後、東京のコンサルティング会社に就職。その後イスラエル留学を経て、家業の「穴井木材工場」の3代目代表に就任。2016年に林業を手掛ける会社「株式会社Foreque」、2017年にインテリア・ライフスタイルブランド「FIL」を創業。小国杉の魅力を多角的な視点で発信しています。
自然の中で体感することを記憶し、デザインにつなげる
まずは日常生活の中で大切にされているデザインについて伺いました。
「自然の中に存在する造形や色味、匂いなど、自分が体験しているものを日頃から意識しています。それらを言語化して残すことで、そこからインスピレーションを受けてデザインにつなげることも多いです。」
光と影が美しい草原が広がる空間がお気に入り
自然豊かな環境で過ごされている穴井さんですが、お好きな空間はどういったものでしょうか。
「南小国町の『押戸石』(おしといし)というスポットが、草原が無限に広がっていて光と影が美しく、気持ちが良くて気に入っています。進撃の巨人のロケ地にも採用されているような、広々とした空間です。」
衰退が続く林業にも可能性はある
穴井さんは家業である穴井木材工場の3代目を務める傍らで、小国杉を活用したさまざまな製品を開発する「株式会社Foreque(フォレック)」を立ち上げ、運営されていますが、林業の状況はどうなっているのでしょうか。
「全国的には衰退気味であると捉えています。各地で林業が盛り上がっているところもあるので、一概には衰退とは言いかねるのですが。僕たちの町で言うと、かつては30軒ほどあった製材所が、今では2、3軒しか残っていません。後継者不足は避けられない課題ですね。」
日本の家づくりでは木材を重宝する印象がありますが、需要と供給のバランスはどうでしょうか。
「コロナ禍の影響によって木材の価格が高騰した『ウッドショック』というのが2021年頃から続いていたのですが、今は回復して、木材供給の方が上回っている印象です。」
多く含んだ油分による艶感が魅力の小国杉
穴井さんが3代目を務めている「穴井木材工場」では小国杉を扱われているということですが、こちらの特徴を伺えますか。
「小国杉は江戸時代に遡って250年の歴史がある木材です。油分を多く含んでいるため、独特な赤みのある艶が出てくるのが特徴で、九州ではブランド杉の一つになっています。」
震災で落ち込む地域を盛り上げるべく、小国杉の魅力を国内外に発信
2016年に「株式会社Foreque」を創業されたとのことですが、そのきっかけは何でしょうか。
「熊本地震の影響が大きかったです。震災によって地域の産業が衰退した時に、みんな下を向くしかなかったんです。でも、こんな時こそ新しい取り組みを国内外に知ってもらって、たくさんの方々がこの地域に訪れるきっかけを作れたらいいなと思って、創業しました。最近では海外からのゲストも多く、家具に興味を持ってくれたり、喫茶を目当てに訪れる方もいらっしゃいます。」
「幸せとは何か」をプロダクトを通じて問いかけたい
林業を基盤とする「株式会社Foreque」を2016年に創業、2017年にはインテリア・ライフスタイルブランド「FIL」を立ち上げ、小国杉を活用した家具やエッセンシャルオイルなどの制作・販売をされていますが、こちらのブランドのテーマ、プロダクトについて教えてください。
「3代目として家業である林業を引き継いだのですが、他の地方でよく見られるようなデザインを活用した一過性の町おこしにはしたくないという想いがありました。ブランドの在り方、経済的にも成長していけるような持続可能性のある組織づくりにこだわりました。南小国町に住まう人が感じている生活や時間のゆとり、心の豊かさなどを掘り下げて、現代で忙しく生きている人々に『幸せとは何か』という問いを投げかけられるような商品を提案しています。」
家業を継がれる前には東京でコンサルタント業に従事していたとのことですが、そこでの経験も生かされていますね。
「東京や地方、海外などの外部からこちらに訪れる人々からのお言葉を吸収して事業に反映することで、より多くの人に伝わるようなプロダクトづくりを意識しています。」
小国杉の魅力を地域の伝統・文化が感じられる空間で伝えたい
2023年に熊本県・南小国町に開業された「喫茶 竹の熊」は、美しい田園風景と調和した素敵な建築ですが、設計の際にこだわったのはどういった点でしょうか。
「小国杉のしなやかで強度が高い、目の詰まった美しい木材をどう見せるかといった点に一番こだわりました。また、屋根はこけら葺きだったり、磨き丸太や杉の皮を用いた昔ならではの伝統工法を採用しています。地域の文化・歴史が感じられるような空間になっているかと思います。」
本当の豊かさを事業を通して発信したい
穴井さんが手掛ける事業を通じて伝えたいことはどういったことでしょうか。
「阿蘇というエリアでは、人々の暮らしが1000年近く続いていると言われています。山からの湧水は田んぼを潤し、さらに流れて海になり、雲となって山に戻っていく。自然の恵みの中で生きている実感が日常で感じられる、本当の豊かさとはこういうことではないかと伝えていきたいです。」
林業や農業が次世代へと続くように、土壌を耕したい
小国杉、そしてそれが生み出される環境を通じて、本当の豊かさを提案する穴井さん。そんな穴井さんにとってライフイズ〇〇の〇〇に入るものは何でしょうか?
「“カルティベイト(cultivate)”です。耕すという意味なのですが、僕たち林業に携わる人々がやっていることはとても地道で、一歩一歩土を耕すようにやっています。実際に土と向き合う時間が多くて、林業や農業がいつまでも里山で大事にされるまちであって欲しいという思いと、次の世代のための市場を耕したいという想いを込めました。」
小国杉を通じて「幸せとは何か」を問いかける
小国杉を活用した木材、プロダクト、さらに喫茶という空間で多角的に南小国町の魅力を伝える穴井さん。南小国町の風土が生み出す豊かさをライフスタイルを通じて伝えていくことで、多くの人々に本当の「幸せ」とは何かを問いかけています。穴井さんの想いは国内外多くの人々に届き、人生の在り方、林業の在り方を見直すきっかけとなっているようです。